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昼休みの教室。いつもと変わらない喧騒の中で、遥は、わざとらしいくらいに笑った。
「なぁ蓮司、今日さ、帰りどっか寄ってく?」
笑い声を混ぜるように言いながら、蓮司の袖を指先で軽く引っ張った。
蓮司は、弁当をつまんだまま遥をちらと見た。
「どうしよっかな〜。機嫌直してくれたら、考えるけど?」
口調は軽く、どこかからかうようで、それでも耳を澄ませれば冷たさが滲んでいる。
遥は、一瞬だけ表情を止めた。
──でも、すぐにまた笑った。
「……直すよ、ちゃんと。機嫌悪かったの、俺だし」
「そーいうとこ、かわいいよね。……たまに」
蓮司の声は、ふっと気まぐれに甘くなる。
教室のあちこちで、箸の音が止まる。
気配が、変わった。
(……聞こえてんだ、全部)
わざとらしく笑ってみせながら、遥は、視線をそっとずらした。
斜め前、女子数人の席。
手を止めた弁当箱の隣で、ストローをくわえたまま、ひとりが遥を見ていた。
噛み殺したような笑い、吐き捨てる寸前の感情。
──ああ、知ってる。
その目だ。
羨望と、嫌悪と、何かを壊したくなる衝動。
全部、遥の身体に刺さっていた。
「ねえ、見た? またあれやってる」
「媚びてんじゃないの? 笑える」
「蓮司くん、なんであんなのと」
わざと聞こえるように囁かれた声。
遥は、気づかないふりをしていた。
けれど、胃の奥のほうで、何かが冷たく沈んでいく感覚だけは消えなかった。
(信じてんだ、まだ──)
恋人だって。
好き合ってるんだって。
あいつは俺を、選んでるんだって。
──だから余計に、憎んでくる。
遥はそれを、知っていた。
知ってて、やっている。
やめられないんじゃない。
やめたら、本当に終わるから。
「蓮司」
また、笑って声をかける。
指先で袖をつまんだまま、少しだけ身を寄せて。
「今日、さ……俺んち、来る?」
蓮司は、ゆっくり噛んでいたものを飲み込むと、意味深に口角を上げた。
「え〜、なんで?」
「……なんでって……」
返せるはずの言葉が、喉に詰まった。
それでも、笑う。
何かを試すように、蓮司が言った。
「ほんとに、俺のこと好き?」
「──好きだよ」
即答した声が、教室のざわめきを縫って響く。
誰かが、小さく笑った。
蓮司は、からからと楽しそうに笑った。
その笑いに、優しさはない。
でも──遥は、その残酷さが、今は一番安心できた。
蓮司は、遥の髪を指先で軽く引っぱりながら、無邪気に言った。
「じゃ、今夜さ──どこまでできるか、また試そっか。ね、“俺の恋人”?」
遥は、少しだけ俯いた。
でも、うなずいた。
うなずくしか、なかった。
背中には、女子たちの視線が突き刺さっていた。
信じてるからこそ、壊したい。
その歪んだ感情が、遥の背中をじわじわ焦がしていた。
それでも演技を続けることが、「今」の遥の全てだった。
それが、自分を守る唯一の方法だったから──。