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──いつも、そうだった。
遥は、日下部の視線に気づいていた。
いつも、教室の隅から。
話しかけてくるでもなく、無理に関わってくるでもなく。
ただ、じっと見ていた。
まるで、遥の「嘘」だけを見抜こうとするかのように。
(……見ないでくれよ)
そう思うくせに、どこかで
(見てるなら、ちゃんと見て)
と願っている自分がいる。
その日も、昼休み。
蓮司と絡む遥を、日下部はいつもの席から黙って見ていた。
遥は、わざとそちらを見なかった。
でも、視界の端にはいつも映っていた。
ひどく静かで、うるさいほどに気配だけがあった。
(無視しとけば、そのうち諦めるだろ)
そう思っていた。
そう、思いたかった。
蓮司が笑うたび、遥は大げさに笑い返す。
言葉も仕草もわざとらしく飾る。
女子たちの視線が、また刺さる。
(見てるんだろ、日下部。ほら、俺、演技、上手いだろ?)
でも、その目は──
遥がどれだけ「上手にやってる」つもりでも、決して騙された風ではなかった。
(やめろよ……)
日下部の視線を避けるたび、遥の中のどこかが静かにきしんでいた。
それは、蓮司の冷たい手より、女子の悪意より、ずっと痛かった。
避けたはずの視線を、心が探してしまう。
「関わるな」と態度に出しておきながら、無意識に目で追ってしまう。
(どうせ──期待してんだろ?)
馬鹿だな、と思う。
なのに、勝手に「いつか」が浮かぶ。
──もし、日下部が近づいてきたら?
──もし、それでも声をかけてきたら?
きっと、突き放す。
けど、きっと、どこかで期待してる。
(……見てるくせに、来ないくせに。見てるだけで、わかった気になってんじゃねえよ)
憎しみのような苛立ち。
それすら、遥の中の「期待」が変質したものだった。
信じたくない。
でも、信じてしまいそうになる。
だから、睨む。避ける。茶化す。嘘を吐く。
それでも──教室の隅にいるその存在が、遥の中に根を張って離れない。
“あいつだけは知ってる”
“知ってて、それでも近づいてこない”
それが、遥にとってどれほど怖くて、どれほど救いに近いのか。
──見てろよ、日下部。
俺は、ちゃんと壊れていくから。
おまえが何もしなかったその間に、どこまで壊れるか、見せてやるから。
それが、遥の「無意識な期待」の、唯一の形だった。