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「まあ、聞きなさい馬鹿弟子。私達特異点は、その力によって闘う事だけ、そしてその中で死ぬ事だけを宿命付けられてきました。誰一人例外無く、誰にも理解される事無くね……」
だからこそ彼等は闘い続けた。生きている意味を。自らの存在意味を証明する為に。
「闘いの中で死んでいく。なら“俺”の最期はその通りじゃないか! 何もおかしい事は無いじゃん!?」
闘う事でしか生きられない存在。そう、おかしい事は何も無い。
何時の間にか、その冷静な口調だけではなく、一人称もかつてに自分に戻っていた。
「そうですね……アナタもまた例外無く闘い、多くの命をその手に掛けてきた。アナタのその小さな手は、その命の重さを知っている。だがアナタもまた一つの命で在る事を忘れてはならない。自分が思っている程、それは軽い物では無いんですよ」
師の言葉の意味が、彼には理解出来なかった。考えた事も無かった。
自分の命の重さ等。何時死んでもいいと思っていたから。
かつてアミと初めて出会った時、借りと称して簡単に命を差し出そうとしたのは冗談でもなく、紛れもない彼の本心だったのだ。
「それにアナタには、帰りを待っている人が居るじゃないですか?」
“ーーアミ?”
「ユキ……。実にアナタらしい良い名じゃないですか。その人の為にも、アナタは生き抜いていかなければならない……命の限りね。簡単に楽になろうなんて甘過ぎなんですよ」
“そうだった……。私はまだ、死ぬ訳にはいかない”
「おや? 良い顔をする様になったじゃないですか」
ユキの表情、そして瞳に灯が宿る。それは生きたいという願望の顕れだった。
「アナタはまだ、此方側に来るのは早過ぎる。もっと現世で精一杯生き抜いて、死ぬまで護ってあげなさい。大丈夫、アナタにならきっと見付けられる。アナタ自身の本当の存在意味、その答をね」
先程まで小馬鹿にした様な表情で彼を諭していた師だったが、今は本当にーー本当に穏やかな表情でユキを見詰めていた。
それは不出来な弟子に贈る、不器用だが確かな愛情の顕れ。
また彼も口には出さないものの、そんな師を心から敬愛していた。
同じ特異点、同じ特異能の持ち主というだけではなく、血をも越えた確かな絆が二人の間には在った。
「さあ、今来た道を引き返して、生きたいと強く想えば、きっと戻れます」
師はユキに現世に戻るよう促す。
「しかし師匠! アナタは……」
志半ばに散った師を思い、ユキは戸惑う。
心残りは無いのかと様々な想いが交錯するが、それ以上を口に出す事が出来ない。
「そんな事、気にする必要は無いんですよ」
師はユキの心を見透かした様に、穏やかな笑顔で口を紡ぐ。
「古きは土に還ります。新たな芽を咲かせる礎として……。アナタに託す事、それが私の誇りであり、生きた証。だから決して振り返らず、前を向いて進みなさい、アナタの道を……。それが師としての、最期の教えですよ」
“全くこの人は……死んで迄説教垂れるんですから。でもーー”
「師匠……」
目尻が思わず熱くなっていく。
「ありがとうございました」
抑えきれない感情の波を隠す様に、ユキは師へ深々と頭を下げていた。
あの時、この人に拾われて良かったと思うーーと。
「アナタが素直に御礼を言うとは、やはり少し変わりましたね。アナタの生き様、地獄の底から見ておいてあげますよ」
師は最期に、少しばかりの嫌味を含んで送り出す。
ユキは踵を返し、歩み出す。決して振り返る事無く。
“私は見ようとはしなかった。自分の先の事など……。見る権利など無いと思っていたから”
彼はこれまでの事に思いを馳せていく。
“今ならはっきり見える。私の進むべき道がーー”
もう迷う事は二度と無い。顔が浮かぶは愛しき者達。
“師匠、アミ”
“私はこんなにも愛されている事に気付いたからーー”
ユキはふと足を止め、振り返る事無く呟く。
「師匠、何時かまた……」
師弟の邂逅と別離。今はこれだけで良いのかもしれない。
師は笑顔で弟子を見送っていた。
そして光の彼方へーー
…
「ーーユキ!?」
“今……確かに!”
アミは握り締めていたユキの手が、微かに動いた事に気付く。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
愛しい瞳が開いていく。
「アミ……」
その銀色の瞳は潤い、一際美しい輝きを以て彼女を見据える。
彼は帰ってきた。お互い様々な想いが交錯する。
ーーユキの顔を見ると、また涙が溢れ出してきそうになる。
帰ってきて嬉しい筈なのに……。
これはどうしてなのかな?
きっと安心……なんだろう。
ユキを抱きしめてあげたい。
いろいろ話したいーー
だけど彼が帰って来た時、最初に掛ける言葉は決まっていた。
「おかえりユキ」
ーーと。
そして起き上がろうとするユキを、アミはしっかりと抱きしめた。
胸の中に収まった小さなユキ。
かけがえのない、愛しい存在。
その中から、か細い声で確かに聴こえてきた。
「ただいま……アミ」