「母さん、ごめん―――」
「いいから、今直ぐこの部屋から出て行きなさい!」
「母さん――お願いがあるんだ」
「今は何も聞きたくないの。出て行って!」
「わっ、わかった――」
母さんは、今までに見たことのないような物凄い剣幕で怒っていたけど、目には今にも溢れんばかりの涙でイッパイだった。いつも穏和で凛としている憧れの母さんが、あんなに取り乱すなんて――自分が口にしたことの重大さが今になってヒシヒシと伝わってきた。自分でしたことではないが、母さんを悲しませたことに何ら変わりはない。
次の日、昨日あった家での出来事をゆずきに伝えた。ゆすぎは相変わらず納得していない顔をしていたけど、何も言ってはこなかった。また、マナはこの日も体調が悪いようで、保健室に入り浸りになっていた。
そして、5時間目の授業が終わりスマホを見てみると、メールが届いていた。母さんからだった。
《学校が終わったら、家に帰らずに喫茶店の南風に来なさい》
《わかった》
何の用か聞かなかったけど、昨日の話の続きに違いなかった。
学校が終わると、母さんと待ち合わせをしていた地元の駅前にある『南風』という喫茶店に向かった。ゆずきは、ことの成り行きが余程心配だったらしく、店の前まで一緒に来てくれた。1人でいると良からぬことばかりを考えてしまうので、いてくれて本当に助かった。そして店に着くと、ゆずきは本屋に行って時間を潰してくると言って、入り口の前で別れてしまった。中に入ると、母さんは既に窓際の席に座っていて、俺に手を振って合図をしてくれた。
「お待たせ」
「おかえり、いつものでいい?」
「うん――」
いつものとは母さんとここに来た時は決まって注文していたカプチーノだった。
「どうなの勉強の方は?」
「前と変わらないよ。この前のテストも学年で3位には入っているハズだよ」
「すごいじゃない」
「心配しなくて大丈夫だよ」
「心配はしていないわ。あなたは私とお父さんの子なんだから」
母さんが僕をここに呼んだのはマナのことだ。昨日は一晩中、母さんの寝室には明かりがついていた。一睡もしていないようで、目の下にはクマができているし、かなり疲れている様子だった。その原因を作ったのは俺だった訳で、マナのための嘘だとはいえ本当に申し訳なかった。
「母さん、ここに呼んだのはマナの妊娠のことだよね?」
母さんが中々話を切り出せないでいるようなので、俺から切り出した。
「そうよ――。圭太、あなたは自分がしたことの重大さがわかってるの?」
「もちろんわかってるし、反省もしてる。俺はどうなってもいいから、マナだけは助けて欲しい」
「そんなに五十嵐さんのお嬢さんのことを?」
「マナのこと?」
「あなたが、私に助けを求めてくるくらい守りたいんでしょ? あなたがそんなに夢中になって好きになるなんて意外だわ」
夢中になるくらい好きか――
自分のことのハズなのに、ピンとこなかった。
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