テラーノベル
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夜の静寂が、二人の吐息をより鮮明に浮き彫りにする。
エレベーターを降り、彼が住んでいるホテルの廊下を進む間も、黒尾の手は私の指を強く絡めたまま離そうとしなかった。
部屋のドアが閉まった瞬間、背中に冷たい扉の感触が伝わる。
けれど、すぐにそれを打ち消すような、黒尾の熱い体温が覆い被さった。
「……っ、クロ、」
名前を呼ぶ唇が、すぐに彼の唇で塞がれる。
バーでの軽いキスとは違う、深く、こちらの酸素をすべて奪い去るような、貪欲な口づけ。
彼の舌が滑り込み、私の口内を隅々まで支配していく。
鼻先をくすぐる彼の香水の香りと、微かなアルコールの匂い。そして、彼自身の体温が混ざり合い、思考が急速に白濁していく。
「……我慢してたんだわ、店にいる時からずっと」
唇を離した黒尾が、熱を帯びた瞳で私を見下ろす。
彼の大きな手が私の首筋をなぞり、鎖骨のくぼみを親指でゆっくりと押し込んだ。
その仕草一つひとつが、まるで獲物の味を確かめているようで、背筋に甘い震えが走る。
「クロの、バカ……あんなところで、そんなこと考えてたの?」
「悪いかよ。好きな女が目の前で美味そうに酒飲んでて、何も考えないほど俺は理性的じゃねーの」
彼は低い声で笑いながら、私のブラウスのボタンに指をかけた。
一つ、また一つとボタンが外され、冷たい夜気が肌に触れる。
けれど、それ以上に彼の視線が熱くて、隠したくなるのに目が離せない。
ベッドへともつれ込むように倒れ込むと、ふかふかのシーツが沈み込み、その上に重厚な黒尾の体が乗る。
スーツを脱ぎ捨てた彼の肩は、高校時代よりもさらに逞しく、鍛え上げられた筋肉が薄暗い照明の中で滑らかな陰影を描いていた。
「……ねえ、電気、消して、」
「嫌だね。……お前がどんな顔して俺に抱かれるか、一秒も見逃すつもりねーから」
意地の悪い主将の顔。
彼は私の両手首を頭の上で片手で押さえつけ、空いたもう一方の手で、私の肌に情熱的な痕跡を刻んでいく。
耳たぶを甘噛みされ、首筋から肩口へと這う熱い舌の感触に、私は声を殺すことしかできない。
彼が動くたび、シーツが擦れる音と、
皮膚が触れ合う粘り気のある音が、
静かな部屋にやけに大きく響く。
「……声、出していいよ。ここには俺しかいねーんだから」
囁く声はどこまでも優しく、けれど命令に近い響きを帯びていた。
指先が、最も敏感な場所に触れる。
「あ……っ!」
腰が跳ね、指がシーツを強く掴む。
黒尾の指は、執拗に、けれど愛しむようにそこを解きほぐし、私の中から溢れる蜜で彼の色を塗りつぶしていく。
「……いい顔。……もっと俺を見ろよ」
重なり合う肌と肌の境界線が分からなくなるほどの密着感。
彼が自分を私の中に沈めた瞬間、
完成されたパズルの最後の一片が埋まったような、圧倒的な充足感と 、
焼きつくような熱さが身体中を駆け抜けた。
突き上げられる衝撃のたびに、
視界が火花を散らす。
彼の背中に回した腕に力を込め、私は彼の名前を何度も何度も、壊れた楽器のように呼び続けた。黒尾もまた、私の肩に顔を埋め、余裕のない、獣のような荒い呼吸を繰り返している。
「……っ、……愛してる、……離さねーからな」
その言葉は、絶頂の波に飲み込まれる直前、耳の奥に深く、消えない刻印のように刻み込まれた。窓の外では、東京の街が静かに眠りについていく。
けれど、この四角い部屋の中だけは、夜が終わることを拒むように、二人の熱帯だけがどこまでも深く、激しく渦巻いていた。
カーテンの隙間から差し込む朝陽が、散らかったままのフローリングを白く照らしている。
まどろみの中で意識が浮上すると、まず感じたのは心地よい倦怠感と、肌に直接触れるシーツのさらりとした質感。
そして、腰のあたりに回された、ずっしりと重くて熱い腕の感触だった。
「……ん、……起きた?」
背後から、眠気を含んだ
極低音の声が降ってくる。
まだ半分夢の中にいるような黒尾の声。
彼は私の首筋に顔を埋めると、顎をわざと擦り付けるようにして動いた。
「……いたい、クロ。やめてよ」
「んー……おはよ。お前がいつまでも寝てるからだろ」
そう言いながらも、彼は腕の力を緩めるどころか、さらに自分の方へと私を引き寄せる。
昨夜の激しい情熱が嘘のように、今の彼はどこか甘えたような、大型犬のような
空気を纏っていた。
けれど、シーツの中で絡み合う足の長さや、背中に当たる胸板の厚みを改めて感じて、
昨夜の出来事が夢ではなかったことを
突きつけられる。
「……ねえ、もう起きなきゃ。仕事、あるんでしょ?」
「……休み。今日はお前を離さないって、昨日言わなかったっけ」
黒尾は私の肩口に唇を落とすと、吸い付くようにして新たな赤い痕を刻みつけた。
「あ……っ、ちょ、見えるところにしないでって言ったのに……」
「いいじゃん、俺のだって分かりやすくて。……それとも何? 今日、誰かと会う予定でもあるわけ?」
ふっと顔を上げた彼の瞳には、朝の光の中でも隠しきれない、独占欲が混じった色が宿っている 。彼は私の体をくるりと反転させると、今度は正面から私を閉じ込めた。
乱れた黒髪の間から覗くその眼差しは、仕事モードの
「黒尾さん」
でも、おちゃらけた
「クロ」
でもない、ただ一人の男としての、剥き出しの熱だった。
「……そんな顔すんなよ。また始めちゃいたくなるだろ」
意地の悪い笑みを浮かべたかと思えば、彼は私の額に優しく口づけを落とし、
そのまま鼻筋、そしてまだ少し
熱を持った唇へと、
ゆっくりと時間をかけて自分の存在を
上書きしていく。
「コーヒー、淹れるまであと一時間……いや、二時間。付き合えよ」
低く囁かれた言葉に、抗えるはずもなかった。
気怠い朝の空気は、再び甘い熱に
溶かされていく。
窓の外で動き出した世界の喧騒なんて、
今の私たちには、遠い星の出来事のようにしか
感じられなかった。
結構いい感じにできた
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