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2 - 第2話 俺を好きになるなよ

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2021年12月10日

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どうして私は男性に追い詰められているんだろう。

人生で壁ドンなんて、それもこの年になってされるとは思いもしなかった。

目の前には誰もがカッコいいと認めるであろう男性。

逃がさないという瞳で見てくる。

「きょ、今日は、赤いスーツではないんですね」

鼓動は少し落ち着き始めたが、よくわからない状況に、よくわからないことが口から飛び出してしまう。

だって、1週間前の赤いスーツ姿が印象的だったから。

「初日だけのためだけに作らせたからな」

「えっ?」

「視覚の判断は0.25秒で決まる。これが無意識の第一印象だ。つまり、俺がこの会社にやってきたと知らしめるためだ」

「最近テレビでよく見る芸人のマネをしているのかと思いました」

「テレビなど低俗なものを誰が見るんだ? そんなものを楽しむのは10代までだ」

そういう人、やっぱりいるんですね。

「そもそも、そんなヤツと俺を一緒にするな」

「すみません……」

宝条さんは呆れたように小さく息を吐き、腕をひっこめた。

「いいか、お前は今から俺の秘書だ」

「私でいいんですか? 秘書の業務なんてやったことありませんし、もっと美人の人のほうがいいのでは……」

「やるかやらないかだ」

「やらない」と言いたい。

だけど、拒否はできない。

それを選んだら、課長も巻き込むことになるのだから。

「……やります」

不本意ながらも、承諾した。

自信がない。失敗してしまうかもしれない。何よりもこの場から今すぐ逃げたい人間に務まるのか。

言いたいことはあるけど、有無を言わせないのは明白だったからやめた。

「そうか」

それだけ言って、宝条さんは背を向けてしまう。

さっきまでの圧力は、これだけのためだったのだろうか。

そんな疑問がわきつつも、やってきた開放感に私は心地良さを覚えた。

第2話 俺を好きになるなよ

荷物の整理が本日最後の業務だった。

「なんで私が秘書なんて……」

私物は段ボールに、資料や備品はデスクの上に。

まずは大雑把に仕分けし、次に細かく取捨選択や分類をするのが良いと、どこかで聞いた。

「唇、とんがってるよ」

「あっ……」

東郷(とうごう)先輩に話しかけられ、私は持っていた資料から手を放し、口元を両手で隠す。

「寂しくなるね」

先輩は落ちた資料を拾って渡してくれる。

「……ありがとうございます」

私は受け取り、デスクにポンと置いた。

「三上さんは一番の働き者だったからなぁ」

「そ、そんなことないですよ」

お世辞であっても嬉しくて、にやけてしまいそうになる。

「頼まれごとは嫌な顔をせずに引き受けて、きちんと最後まで責任をもって果たす。僕にもそういう部下が欲しいね」

「先輩の部下であれば、誰でも一生懸命になりますよ」

実際に隠れファンが多く、私も先輩のことが気になっている。

入社してから、なにかとお世話になり、いつも気にかけてくれる優しい人。

女性の噂は一度だけあり、それも半年くらいで終わったようで、その時の落ち込んだ表情を見て、嬉しかったような悲しかったような記憶も懐かしい。

「そう言ってくれるのは三上さんだけだよ」

先輩は白い歯を見せて笑顔をくれる。

キュンと、ときめいてしまう。

この勢いで気持ちを伝えてしまおうか。

アピールしなくちゃ始まらないし……と、今までに何度思ったことか。

「三上さん」

先輩はいつになく神妙な面持ちに変わっていた。

「ここだけの話なんだけどさ」

隣の人にも聞こえないくらいの小声になる。

「宝条さんの秘書、三上さんで13人目なんだよ」

「えっ? それなら今までの人達は……」

私も小声で返す。

「五分前行動ができていなかった。服の色が好みじゃない。ひどい場合には肌に合わないとか言って、元の部署に戻したらしい」

「それは理不尽すぎるかと……」

「そうだよね。自分から指名したのに、人が傷つくことも平気で言って、何様のつもりなんだよ」

他人のために怒っている。

そんな先輩に、私はまたキュンとしてしまう。

「だけど、たった1週間で大型案件を3つも契約して、難航していた海外の取引先との話も第二部署にアドバイスをして無事に決着をつけてしまった」

「親の七光り……とかではないんですか?」

「一切自分の名前は出さず、担当の部署に事細かく必要事項を記載した資料を渡しただけみたいなんだ」

「すごい……」

「仕事面は尊敬に値するけど、それ以外のことはよくわからないから、三上さんも注意してね」

翌日から、宝条さんの秘書として働き始めた。

秘書と言っても、スケジュール管理と資料の印刷と整理がほとんど。

「紙が0.7mmズレてるって怒るし、スケジュールもたくさんありすぎて確認しないとわからないのに暗記しろだの、姑か! あっ、いい香り」

漂うダージリンはセカンドフラッシュの深いマスカットのような香りで、頬が緩んでしまう。

午後3時に向けて、私は部屋の端に作られた専用の給湯室で紅茶を淹れていた。

もちろん宝条さんのために。

紫檀の食器棚には、世界から取り寄せたであろうティーセットが並び、さらにはお茶の種類も豊富で、いつか飲みたいとも思っていたハイブランドのレアな茶葉まで並んでいる。

それがわかるのも、入社してお茶汲みをしているうちに興味がわき、勉強したからだった。

少し深めに淹れた紅茶のティーポットから茶葉を取り出し、セットのソーサーとカップと一緒に宝条さんの前に運ぶ。

宝条さんはソファに深く座り、資料に目を通しながらたまに赤いペンを持つ手を動かしている。

朝からずっとこんな調子で、私が気にせずにお茶を注いでテーブルに置くと、ちゃんと見えていたようで、宝条さんは座り直して口をつける。

朝も別の茶葉で紅茶を淹れたんだけど、その時は何も言われなかったのが不気味だった。

だから、怒られなければいいんだけど……。

「おい」

午後になって初めて声をかけられ、私は背筋を伸ばした。

が、宝条さんはカップを置いたかと思いきや、私の腕をグイッと強く引っ張ってきた。

「きゃっ!」

私は宝条さんに覆いかぶさるようになってしまう。

なんとかソファに手をついて体が重ならずにすんだが、宝条さんの顔は鼻がくっつきそうなくらい近くにあった。

昨日とは違い、正面にあるその顔の距離。

瞳には私が映っている。

さらには、紅茶とは違う、宝条さんから漂う果実のような優しい香りにクラッとしてしまいそうになると同時に、鼓動が早くなる。

「なぜこの紅茶を淹れた」

「こ、この時季のこの時間は、これが良いかと思いまして……」

「違う。茶葉が違うのは当然だが、淹れ方が違うだろ」

「あ、朝、飲まれたときの反応と棚にある茶葉の種類から、深いものがお好みかと思ったので……」

正直に答えたのだけど、宝条さんは黙ってしまう。

間違えたことをを言ってしまったのだろうか。

そうなると、私もこれまでの人と同じように秘書を辞めさせられることになるわけで。

そんな不安の中、宝条さんは私のアゴをクイッと持ってきた。

「ちょっと! なにするんですか!?」

「俺のことばかり見て、俺に惚れんなよ」

「っ!!」

一気に体温が上昇するのを感じる。

誰が! こんな! 自分勝手な! 人を好きになるというのだろう。

それなのに、裸の心臓に触れられてしまったようで、鼓動がうるさいくらいだった。

「そ、そそそそんなの、ありえませんから!」

私は宝条さんから逃げるように離れ、背を向けた。

「そうか」

なにが「そうか」なのだろう。

意味がわからない。

恋愛感情なんて持つはずないのに。

一緒の職場の人であるだけなのに。

そんな混乱する頭の中、駆け足になっている心臓はうるさく鳴り続けるのだった。

第3話へ続く

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