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カメラを回すことが好きだ。
楽しかったことをいつでも見返すことができるし、その時感じた感情をファンの子達に直接届ければ喜んでもらえる。
そしてそれは色褪せることなく好きな時に見返して自分の心を上げてくれる。
メンバーで楽屋にいる時に太智が満面の笑みで椅子から立ち上がるのを見れば、すぐにスマホを構え、赤いボタンを押して、自分の楽しい思い出を手中に収める。
そんな小さな枠に収められた太智が手のひらの上で元気に暴れ回り、メンバーが笑う様子を、今日も撮影中の青空の下で口元を緩めながら見る。
そんな中で一際大きい声で笑う声が鼓膜を震わせ、歯を出して笑った。
指で再生時間のバーを左へ2ミリ動かし、2ミリ進んだらまた2ミリ戻す。
…今聞いているのは動画の主人公でもない、ただのオーディエンスの笑い声だ。
「佐野君、監督がお呼びだよ」
「はい」
気づけばそのオーディエンスの笑い声に、10分も費やしてしまっていた。
次の仕事に向かう間もスマートフォンの中を見返していた。
スイ、スイとスワイプするたび髪色がころころと変わるのに、何故かその人物だけが目に飛び込んでいた。
四角い枠に収まる彼の姿は、他の人がぼやけてしまうぐらい有り余るぐらいの存在感があるように感じた。
大口を開けて笑う写真。
リハ中のマスク越しの鋭い眼差しな写真。
新幹線で、スマホを見て何かを口に含みながら笑みをこぼす写真。
世に出したものはあれど、自分の端末にしかオリジナルは存在しない。
やっと1つ動画が見つかった。
ゴーカートに乗っていた時のやつだ。
止まって、止まってと叫んでいるのに満面の笑みで、その隣には破顔する自分がいる。
…たくさん撮るから、当然スマートフォンの容量はすぐに埋まってしまう。
削除もパソコンのバックアップも欠かせない。
それでも…だいぶ前の動画なのにも関わらず…この写真だけは選択から外していた。
これも、2人でしか知り得ない思い出がつまったとっておきの1枚。
すぐ見返せるようにハートマークもつけて。
…何でこんな仁人だらけなんだろう。
その時、スマートフォンの上部から通知が流れた。
グループからだ。
察するに、ちょっと前のグループ仕事の時だろう。
タップして開いてみれば、1件の動画が再生された。
柔太朗の撮影による、太智の動画。
『太ちゃん、太ちゃん』
『もっともっと!もっとやれるで!』
たくさんのヤジが飛ぶ中で、面白い太智の行動に口角を広げながら、一抹の物足りなさを感じていた。
その正体はすぐにわかった。
『うわっははは!!!』
突き抜けるような笑い声が聞こえた瞬間、いよいよ破顔した。
画面には映ってないのがもどかしい。
…いま、どんな顔をしているのか。
大口開けて笑ってるのか、足をばたつかせて椅子から落っこちてるのか。
今すぐに教えてほしい。
その顔をよく見たい。
自分の知らない仁人がいるのはちょっと癪だから。
10秒の動画が終わり、はあ、と息をついた。
何故か、体が火照っている。
心臓の高揚は落ち着かず、元気に体中で脈打っている。
…ちょっとどころじゃないわ。
つい最近までこんなんじゃなかった。
おかしい。
どうしちゃったんだろう、俺。
メンバーなのに…というか男だし。
そうこうしているうちに、車は駐車場へ左折していった。
…今日は広場で2人での撮影。
もう仁人は入っているだろうか。
ピピッ、という音と共にシャッター音が空に響いた。
広場の一角を借りて四方八方を満開近いソメイヨシノに包まれながら、背景に仁人がラフなポーズとラフな衣装ですまし顔をする。
その様子を撮影用のカメラの他にスタッフ、さらに俺がスマートフォンのカメラを向けていた。
ほんのりと桃色を帯びた白い頬が桜に吸い込まれそうな儚げな雰囲気を帯びる。
スマートフォンは、それを直に受けないための盾であった。
盾であり、この妙な高鳴りを隠す日除けだった。
「いいねー吉田君、かっこいいよ」
「おいちゃんいいよー、可愛いねえ〜」
カメラマンに隠れてやじを飛ばしてみる。
俺のヤジに気づいた仁人はフッと笑った。
「またやってんの?だるいって」
…そりゃあやるでしょ。仁人はこれが一番嬉しいって知ってるから。
「見てください。あれ本当に嬉しい時の顔です」
スタッフにそう声をかけると、その場にいた関係者はみんな笑った。
仁人も否定せずに笑窪を深めている。
…10年以上一緒にいる。
だからなんでもわかる。
仁人が本当に嬉しそうな顔も、本当に嫌がっている顔も、こうすれば喜んでもらえるってことも。
スタッフよりも、何なら他のメンバーよりも、俺が一番分かってる。
「よし、じゃあ次は少し動いてみようか。ゆっくーり歩きながら、カメラの方振り向いてもらっていいですかー?」
はい、と仁人は笑顔を収めて手をポケットに入れた。
またスマートフォンを覗き込んだその時、ブワッと風が吹き抜けた。
「うおっ」
仁人が思わず声を上げる。
突風は仁人の前髪を乱し、目元を隠した。
無数の桜が降り注ぐ。
仁人の周りも散り散りに飛ぶ。
その時、一瞬目が合った。
やや距離があるのに、桜に取りまかれる仁人から 目線を外すことを許さなかった。
俺は思わず息を飲んでしまった。
「すいません、びっくりしちゃってでかい声出しました」
仁人が苦笑しながら謝った。
いつも通りの仁人だ。
なぜか、心臓はまだ脈打つ。
ドッドッドッと自分でもわかるくらいに全身で訴えかけている。
「大丈夫ですよー。風ちょっと強くなってきたな…。風ありでも絵的に良くなりそうだからなるべく頑張って耐えてもらえると…」
笑いながらカメラマンが言うと、仁人も「うははっ」と口を開けて笑った。
「あ、桜の花びらがついちゃってるな…」
監督がそう言った瞬間、思いもよらず一歩足を踏み出していた。
それより早くメイクさんが飛び出し、櫛と共に桜の花びらを取り除いた。
それを見て我に返る。
…いや、メイクさんの仕事じゃん。
セルフツッコミをしながら、微動だにせずメイクさんに桜の花びらを取り除いてもらっている仁人を、どこか仄暗い気持ちで見つめていた。
「じゃあ撮影しまーす。…そう、そこからゆっくりゆっくり、動いてくださーい」
風の音だけが聴覚を支配する。
そのとき、また風が吹いた。
また桜の花びらが舞う。
仁人はもう動じなかった。
春の雪を一新に浴びながら服や髪の毛をたなびかせた。
柔らかな陽の光が、仁人を桜の間から照らした。
俺はといえば、もう撮影はやめていた。
肉眼で見惚れてしまっていた。
…多分この写真は当然のごとく、ファンの子達に出回るのだろう。
それで、誰もが仁人に目を奪われときめくに違いない。
気づけば、両手を前にかざしていた。
親指と人差し指を立てて、親指を人差し指にくっつけて、長方形を作る。
その切り取りの中に収まった仁人に、微かな独占欲を覚えていた。
このファインダーから見える仁人は、俺だけのものだと。
…そうだ。
つい最近、なんて嘘だ。
画面の向こうにいる仁人の笑い声が気になるのも、どんな顔をしているのか気になるのも、画面外にいると寂しい思いをするのも、今に始まったことじゃない。
いつだって気づけば目で追っていたし、放っておけなかったし、『誰よりも仁人のことをわかっている』人になりたかった。
だから、観察した。
好き嫌いを覚えた。
動画で見れるようにした。
でも、足りなかった。
ただのメンバーじゃ、友達じゃ、この称号は物足りなかった。
周りとは違う、自分だけが手に入れられる称号を、仁人を欲しいと思ってしまった。
…ねえ仁人、このままどっか行っちゃわない?
俺がどっかに攫ってっても文句言わない?
「はい、オッケーイ!交代でーす」
「次、勇斗… なんかいいことあったん?」
…あるよ。
今だよ。
気づけよ。
「…いや、別にないけど」
「そう?」
こんなんじゃなかったのに、最近どうしてしまったのやら。
…いや、『最近』、なのか?
光を受けて輪郭は神々しく感じた。
もう最近なんかじゃない。
…なら、やることは一つ。
「仁人、今日この後仕事ある?」
「ん?ないけど」
「ちょっと話したいことある」
「え、こわ。どうしたよ」
ずっと前から、好きだった。