廊下に飛び出したはいいが、やはり無策では都合が悪い。
これを待ち受けていた黒装束の徒輩が、葛葉の不如意に乗じ、長巻(ながまき)を剛直に振るった。
「くあ……!」
この凶刃を透かさず一刀の鎬(しのぎ)でやり過ごし、間合いを詰めて柄当(つかあ)てを見舞う。
体重の乗った一撃は、敵人(てきにん)の鳩尾に容赦なく食い込み、大の男を散々にも往生させた。
「クズ!」
連れ人の悲鳴を得て、迅速に視線を振る。
たくましい図体を活かし、壁板を割って現れた一名が、巨大な木槌を盛んに振り上げた。
息を整える間もなく、速やかに抜き打ちを放った葛葉は、ひとまず敵の右腕を浅く払い、返す太刀で左の肘を砕いてやった。
たまらず、己の得物を脳天に打ち付けた偉丈夫が、音を立てて昏倒する。
間際、当人を踏み越えた一名が、小柄な体躯を存分に躍動させて天井付近を飛翔した。
手には大型のナイフ。
「この……っ!」
ひとまず差料(さしりょう)を後ろ腰にまわし置き、半身(はんみ)がより闊達に働くよう手配する。
間もなく、電光石火の威勢を揮(ふる)った葛葉は、凶器をとる敵の手腕を諸手で払い落とし、流れのままにビンタを決めた。
「あ……!」と、既(すんで)に発するも間に合わない。
横っ面を張られた敵人は、その軽量が災いしガラスを破って窓の外へ。
「あ……? あぁ、そっか」
ともあれ、焦る必要はなかった。
たしか窓の向こうは、一階下がってプールとなる安全地。
敵とは言え、無闇に血を見るのは憚られる。これでも一応は、己の立場というものを弁えているつもりだ。
──できるものなら、戦わずに勝つ。
だからと言って、いつぞや彼(か)の盟友が曰(のたま)った夢物語に、当面の気胆(きたん)を寄せるつもりはない。
そもそもの話、暇に飽かして彼から学んだ剣は、気組みで敵をねじ伏せる殺人刀(せつにんとう)。
打って打って打ちまくる覇道の剣だ。
もちろん、かの師の大本(おおもと)──、かの剣豪は、臨終の後先(あとさき)に剣聖と呼ばれ、その剣は活人剣(かつにんけん)に至った事だろう。
陰徳を以(もっ)て事にあたり、戦わずに敵を制する王道の剣。
しかし哀しい哉(かな)、かの師の神格(ありよう)は、かつて諸国を経巡(へめぐ)ったかの剣豪の、他ならぬ“道程”に起因するのである。
つまるところ、彼は未来永劫、剣の妙果には至れぬ身。
されど、この剣を弱いと感じたことは一度もない。
覇道の剣とは、すなわち乱世の剣。
いよいよ窮(きわ)まった世の中にあって、当流はますます神域に迫りつつあるのだろう。
「おぉ!!」
「………………っ」
真っ向から殺到する金砕棒(かなさいぼう)を、一刀の縁(ふち)でカツンと擦(す)り落とし、真っ直ぐに伸びた剣線を透かさず相手の喉笛に据える。
心胆を颯然(さつぜん)と撫で上げる両刃切先の凄(すご)みに、敵はじわりと脂汗を得て戦意を失くした。
刹那、非常口の方角に現れた一党が、立て続けに弓を射るのが見えた。
「この……ッ!」
瞬息(しゅんそく)の間(ま)に五体を投げ出した葛葉は、ひとまずリースの身柄を押しのけ、飛来する一条一条を手早く両断。
この間隙(かんげき)に、刺股(さすまた)を構えた敵人が、速やかに迫(せま)る動きがあった。
これを眼の端で捉(とら)えつつ、鼻先に駆け込む一矢を手掴みで制し、尖端を当人の足の甲へ。
口蓋(こうがい)を閉ざす綿布(めんぷ)の奥から、聞きぐるしい苦悶が洩れ出すのを待たず、肩先に深々と峰打ちをくれてやる。
出し抜けに、背後で騒音が鳴った。
何事かと見ると、まだまだ怖気(おじけ)を得ないリースが、じつに頼もしい表情で立っている。
その足元には、黒装束の徒輩が一名、壊れた彫像ともども横臥(おうが)していた。
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