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しかし、一党は続々と応援を恃(たの)み、圧倒的な物量で攻めてくる。
対して、こちらはただの二人。 善戦むなしく、あっという間に包囲されてしまった。
「散々やっといてあれだけど」
苛立ちまぎれに鼻を鳴らした葛葉は、一刀を片手に提(さ)げて区切りの合図とした。
もっとも、かの流儀に本来これといった構えはなく、当面の神妙な態度を恭順の証、あるいは降参の意図と判断するには早すぎる。
それが解っているのか、徒党は安直に詰め寄る真似はひかえ、遠巻きにジリジリと圧をかけることに終始した。
「あんたら何者(なにもん)ね? あれ違う? 人違いとかしてるんじゃないの?」
喧嘩腰をそのままに質したところ、思い掛けず懇(ねんご)ろな応答があった。
「僭越(せんえつ)の段、平(ひら)にご容赦を」と、墨色の人垣が割れて、どうやら頭目と思しき人物が歩み出た。
他と同じく頭巾をすっぽりと被っているため、面(めん)を拝む術(すべ)はない。
しかし、楚楚とした足取りにはまるで迷いがなく、その肩先には当節に珍しく、正気づいたものが透けて見える。
これは話の通じる相手かと、葛葉は俄(にわ)かに愁眉(しゅうび)を開いた。
「申し遅れましたが、われら影草。 手前は筆頭を務めまする“A”と申す者で」
「あ?」
どうにも妙な語義を聞いた。半信半疑の口調で問う。
「ちょっと待って? あんたがAなら、こっちのは?」と、足元に転がる一名を目線で示す。
「その者は“E” 随一(ずいいち)の両腰使いではありますが、やはり其方(そちら)のお手並みには敵わぬようで」
「へぇ?」
かすかに目線を研(と)ぎ、一刀を下段に据える。両刃の葉末(はずえ)が気鬱を晴らすように白く光った。
こちらの術理を見越した相手なら、目眩(めくら)ましの技芸など不要。
「貴女(あなた)さまは」
静かに気焔(きえん)を上げる葛葉を他所(よそ)に、影草“A”などと大真面目(おおまじめ)に曰(のたま)う男性は、神妙な声色で窺(うかが)いを立てた。
「そちらは、たしかに天野葛葉さまで間違いなく?」
すこし間(ま)を置いて、当人から首肯(しゅこう)があった。
程なく、男性の満面を覆う綿布(めんぷ)の奥から、奇怪な音(ね)が聞こえ始めた。
何事かと思うと、どうやら嗚咽(おえつ)のようだった。
これが次第に、並み居る徒党に伝播を果たし、広い廊下は涙々の愁嘆場(しゅうたんば)と化した。
この事態に、途端に意気地(いくじ)を損なったか、リースが片袖にギュッと縋(すが)りついてきた。
──気味が悪い。
そう思うのは、もちろん当のブロンド娘だけではない。
「ようやく、ようやくお会いできました……」
そんな中、かの口前が妙なことを諳(そらん)じた。
これを受け、葛葉は己の心胆がすっと平らになる感覚を知った。
ちょうど背中に氷凝(ひこり)を投げ込まれたような感覚だ。
「お前さん、私が何か知ってるな?」
傍(かたわ)らで事を見守る連れ人が、わずかに怪訝(けげん)な呼気を漏らす気配がした。
しかし、今はこれに構っている時ではない。
「御無礼ながら……」と、応じる頭目は早々と鎖鎌を構え、もの凄まじい気迫を身一杯に溜めている。
──あぁ、やっぱり
「いいから答えなさいよ?」
その体(たい)を見れば十分だ。 その殺気が、何よりも雄弁に物語っている。
「お前さん、私を知ってるな?」
藁にもすがる思いと言うのは、いささか語弊がある。
自分の勘が、どうか外れであれば良いと。 単に勘違いヤローの妄言であれば良いと、そんな細(ささ)やかな期待をこめて訊(き)いた。
望む答えは──、そう。 件(くだん)の狼を追い払った立役者、もといアウトローとしての自分を
「……えぇ。 止(や)ん事(ごと)無き御方のご息女たるあなた様を、確(しか)と存じ上げております」
瞬間、地摺(じずり)から速やかに切先を擡(もた)げた一刀が、稲妻のように疾走した。
見る間に頭目の鼻先をかすめたそれは、堅固な床材を貫通し、鉄筋を物ともせず両断し、さらには下部に敷かれた鋼板に斬れ込んだ所で、ようやく動態を停止した。