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「嫌いだよ、お前みたいなタイプは。」
「別に好かれたくないな。」
「最初に言った通り、俺は血を使わないから安心しろ。」
「舐めんな!」
雨脚が強まる中、皇后崎はそう言って、仕込み傘を構える無陀野へと向かって行った。
2人が戦う様子を、地面に倒れ込んだまま見つめていた一ノ瀬。
そんな彼の元に、屏風ヶ浦の応急処置を終えた天使が舞い降りる。
「思ったより元気そうだね四季ちゃん」
「鳴海!あー…まだ起き上がれねぇけど、鳴海の顔見たら「俺の顔にそんな力ないからね?」
「あるよ!少なくとも俺にとってはある!」
「ふふっ。分かった。じゃあ本当に治すから、少しじっとしててね。」
微笑む鳴海にそう言われると、一ノ瀬は静かに返事をしてから安心したように目を閉じた。
彼の場合、外傷はそこまで酷くない。
致命傷になっているのは、屏風ヶ浦と同様、血液量の急激な減少だった。
それを確認した鳴海は一ノ瀬の手のひらに少し傷をつけ、その手を握りながら自身の血を送り込む。
鳴海の血液には体の一部を生成する力がある。
よって彼の体内に入った鳴海の血液は、一ノ瀬の血と結合してその量を倍に増やすことができるのだ。
「…何か鳴海に手握られてると安心する。」
「そう?なら良かった。」
「そうだ、屏風ヶ浦は?大丈夫なのか?」
「一旦はね。かなり血を消費してたから、今の四季ちゃんと同じように輸血しておいた。でも早く専門の先生に診てもらった方がいいと思う。」
「鳴海が診ただけじゃダメなの?」
「俺は医者じゃないから細かいのは専門外だよ。それにこれは俺の能力の応用編。本来の用途とは全然違う使い方」
「そっか戦闘部隊だもんな…」
「ねぇ、卒業したらうちにおいでよ。強いやつばっかの部隊だから楽しいよ」
ふわっと笑った鳴海に、一ノ瀬は思わず目を奪われる。
それはあの日、彼が鳴海を天使と思うキッカケになった笑顔だった。
その笑顔をもう一度、あの日よりも近くで見られたことに、一ノ瀬は無性に嬉しくなるのだった。
「急にニコニコしてどうしたの?」
「ん~?鳴海のその笑った顔好きだな~と思ってさ!」
「え、ほんと?やっだぁ!俺笑うのド下手くそだからそう言われるとめちゃ嬉しい!」
ぱぁっと花が咲いたように笑顔を見せた鳴海に一ノ瀬はまた笑顔になるのだった。
和やかな雰囲気の鳴海・一ノ瀬ペアとは打って変わって、無陀野と皇后崎の戦いは激化していった。
血を使わないという当初の約束通り、無陀野は愛用の仕込み傘1本で新入生の相手をしている。
にも関わらず、戦いは終始無陀野が圧倒していた。
「なぁ、無陀野って強ぇの?」
「強いよ〜。俺とタメはるくらい強いから」
「マジ?」
「マジ。…あ、そろそろ決着がつきそう。」
仕込み傘から放たれた煙幕に紛れて、無陀野は皇后崎の脇腹に強烈な打撃をお見舞いする。
見事に吹っ飛び、痛みで倒れ込んでいる皇后崎を無陀野は仕込み傘で拘束した。
「また遠距離でくるという決めつけはよくない。それに右腕を庇い過ぎて他が隙だらけだ。そもそも負傷状態で勝てると思ったか?相手の力量はしっかりと見極めろ。」
「うっ…」
「だからこうなる。…鳴海に礼は言ったのか?」
「は?」
「耳を治してもらってなかったら、お前はもっと前にそうなってた。」
「(す…すげぇ…)」
「くそ…」
「これが実戦ならお前は死んでるぞ。」
「く…!まだだ!まだ終わってない!」
「必死だな。そんなに父親に会いたいか?」
「(父親…?)」
「(やっぱりお父さんが関係してるか…)」
未だ降り続く雨の中、無陀野はそう言って皇后崎を見下ろした。
一ノ瀬と共に2人のやり取りを見守っていた鳴海は、その言葉に反応を示す。
やはり彼の強い想いの裏には、父親の存在があるのだと…
「なんで知ってる…」
「ある程度調べさせてもらった。ほかにも知ってるぞ。例えば…お前の父親が桃太郎ってこととかな。」
「(あいつの親父も…桃太郎…!?)」
「(四季ちゃんと同じ…!)」
「だったらなんだ…そうだよ、俺の父親は桃太郎だ…そして…俺から全てを奪ったクズだ!家族も!憧れも全部!」
そして皇后崎は続ける。
父親によって全身に刻まれた傷のせいで、一瞬でも憎しみが消えたことはない…
自分がごみを喰らってでも生きることに縋り付いたのは、全て父親を殺すためなのだと…
“そのためなら死ぬのなんて怖くない”
最後にそう言いながら立ち上がろうとした皇后崎を、無陀野は片手で思い切り押し倒し、後頭部を地面に打ちつけた。
彼の表情には珍しく怒りが露わになっていた。
「(無人くん、めちゃくちゃ怒ってる…)』
「ガキが何言ってんだ?はき違えるなよ?」
「…!」
「目標のために死ぬな。目標のために生き抜け。それが分からないなら、お前に明日はない。鳴海、何か縛るものあるか?」
「あ、うん!」
受け取った縄で皇后崎を木に縛り付けると、無陀野は次に一ノ瀬へと目を向ける。
鳴海の応急処置のお陰で、彼はようやく少し体を動かせるようになっていた。
「少し動けるようになってきた…ありがと、鳴海。」
「いいえ〜。どういたしまして〜」
「屏風ヶ浦は今どういう状態だ?」
「輸血をして、一旦は落ち着いてる。でもすぐに医者に見せた方がいい。」
「分かった。どちらにしても屏風ヶ浦はここでリタイアだ。…もしもし、保険医をこの場所に送ってくれ。さて。残るはお前だが…タイムアップまで5分42秒だ。それともう1つ…」
無陀野はそう言って、移動中に拾ったボールを見せる。一ノ瀬に残された道は2つ。
森のどこかにあるもう1つのボールを5分半で見つけるか、目の前にいる最強の男からボールを奪うか…
どちらを選ぶのかと、鳴海がハラハラしながら見守る中、一ノ瀬はダッシュでその場から逃げ出した。
「…逃げたか。鳴海、お前はここでこいつを見張っててくれ。何かあればすぐ連絡しろ。」
「うす!」
「…」
「こ、今度はちゃんと言うこと聞くからそんな目で見ないで…!」
「ならいい。頼むぞ。」
「うん!」
「くそ…」
一ノ瀬を追った無陀野は、あっという間に姿を消す。
その場に残った鳴海は、不貞腐れたように黙り込む皇后崎の隣に腰を下ろした。
さっきまでの騒がしさが嘘のように、今森の中は静寂に包まれていた。
聞こえるのは、雨が葉に当たる微かな音だけだった。
沈黙が得意ではない鳴海がいろいろ話しかけるが、望むような返事はなかなか聞こえてこない。
「痛いとこない?」
「…」
「あ、右怪我してる」
「…」
「治す?嫌がることはしたくない主義だ「あんたの血…」
「?」
「ふざけてるのかってぐらい万能だな」
ようやく会話ができたと思ったら、あまり好意的ではない言葉のチョイス。
だがさすが一部の人間に天使やら菩薩やらと呼ばれるだけあって、鳴海はその辺りを一切気にしない。
かけられた言葉に、穏やかに返事をするのだった。
「使い方によっちゃ万能だね〜。でもガチ戦闘向きの能力だからそこまでだよ。」
「それで何でこの世界にいるんだ?馬鹿なのか?」
「oh…酷い言いようだね…まぁ、迅ちゃんみたいな命知らずのおバカさんがいるからだよ。」
「あ?」
「鬼と桃太郎の戦いって、迅ちゃんが思ってるよりもずっとツラくて激しいものなんだよ。 手足が千切れたり、内臓破裂してたり、その両方だったり…前線に出てる人達は、本当に酷いケガして帰ってくるんだ。もちろん俺も経験済み」
「…」
「でも皆それぞれ目標があって、守りたいものがあって、どれだけ大ケガしてもまた前線に戻ろうとする。ま、俺ってば激強だから俺が1人でも多く桃太郎を倒せば怪我する人は減るでしょ?」
「! お前…」
「いつか迅ちゃんがうちの部隊に配属されてボロボロになった時は守ってあげる。部下を守るのは隊長の責任だもんね」
明るい声でそう言った鳴海は、元気な笑顔を皇后崎へと向ける。
彼が、思っていたよりもずっと強い信念を持っていることを知り、皇后崎は言葉に詰まる。
治療のお礼を言えばいいのか、今の話の返事をすればいいのか、それとも全て無視してしまうか…
鳴海の顔を見つめながら、皇后崎はそんなことを思い悩んでいた。と、見つめ合う2人の元にある人物が現れる。
「おい、何俺の天使と見つめ合ってんだよ!さっきまで散々ひでぇこと言ってたくせに。」
「あれ、四季ちゃんボール探しに行ったんじゃなかったの?」
「ちょっとこいつに話あってさ。」
「…」
「助けてやるから協力しろ!」
「は?」
「(おぉ!いいね!)」
「1人で無陀野相手にすんのは無理だ!助けてやるから手伝え!」
「断る!お前に助けてもらうなんて恥だ!」
「お前のプライドは目標より大事なのかよ!?俺は目標のためなら、大嫌いな奴とだって手を組むぞ!」
「お前に関係ないだろ!」
「ないわけじゃねーよ!俺の親父も桃太郎だ!」
「!?」
「だからなんだっつー話だけど!共通点がないわけじゃねぇ!ただそれだけだ!いいから手を貸せ!」
力強くそう言った一ノ瀬に対し、皇后崎は相変わらずの冷めた目で”断る”と返した。
とても良いアイデアだと思っていただけに、鳴海は思わず意見を言おうとするが、それよりも先に皇后崎が続けて言葉を発した。
「お前に協力するんじゃない。お前が俺に協力するんだ!」
「は!?何だよそれ!」
「いや、それどっちでもいいから!縄ほどくね。」
「…お前いいのか。」
「何が?」
「俺らが何かしたら、あいつに連絡すんじゃねぇのかよ。」
「するよ。だから早く行って!」
「さすが天使!ありがとな!」
そう言って笑顔で走り出す一ノ瀬に続いて、皇后崎も立ち上がる。
何か言いたそうな顔でこちらを見る彼を、鳴海は無陀野へ電話をかけながら追い払うような手つきで送り出すのだった。
「(この辺りにいないとなると引き返したか?)」
「無人くん!」
「鳴海。」
「めんご!逃げられちゃった」
「わざとだろ。」
「…はて?」
「お前はもう少し上手い嘘のつき方を学んだ方がいいな。」
「うっ……怒ってる?」
「そう見えるか?」
一ノ瀬と皇后崎を送り出した後、無陀野と連絡を取り合流した鳴海。
事の次第を謝罪すれば、全てお見通しとばかりに嘘を見抜かれてしまう。
恐る恐る顔色をうかがう鳴海に対し、無陀野は彼の頭にポンと手を乗せた。
その表情は穏やかであり、鳴海が心配するようなことはなさそうである。
と、そんな2人が立っている木の枝の下を走り抜ける1つの影が…
「ん?」
「どうしたの?」
「いた。行くぞ、鳴海。」
「あ、ちょ、待って…!」
無陀野に続いて駆けつけた先には、さっき別れたばかりの生徒の姿があった。
あの後どういう作戦を考えたのか知らない鳴海は、これから起こることにドキドキと落ち着かない状態である。
「急いでどこへ行く。」
「うぉっ!(皇后崎の馬鹿野郎…助けた俺に囮をやれとかふざけんなよ!)」
「あっ…!」
「!」
「偉そうなこと言ったんだ…しっかり決めろ!」
一ノ瀬の前に降り立った無陀野。
その彼の背後に立つ木の上から、皇后崎が飛び降りて来たのだ。
生徒2人に挟まれる形になった無陀野の姿を見て、鳴海は人知れず興奮するのだった。