テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
6,683
2,095
30
「……よかった、って」
赫の声は、低かった。
怒鳴ってないのに、
部屋の空気が一気に張りつめる。
翠は、びくっと肩を揺らす。
「……それ、本気で言ってる?」
赫は一歩、前に出た。
近づきすぎない。
でも、逃げ場は残さない距離。
「俺がさ」
喉が、ぎゅっと鳴る。
「俺が苦しいって言った時」
「守られて、囲まれて、心配されて」
一瞬、言葉が詰まる。
「……その裏で」
「翠にぃが、そんなことしてたって……」
拳が、震える。
「……ふざけんなよ」
初めて、感情が剥き出しになる。
桃が息を呑む。
茈は、止めない。
「俺のため?」
「みんなのため?」
赫は、笑いそうな顔で言う。
「それで……」
「自分が壊れてもいいって?」
翠が、小さく頷きかける。
───それが、決定打だった。
「んなこと、すんなよ!!」
赫の声が、初めて大きくなる。
「そんなの……」
「そんなの、翠にぃの役目じゃねぇだろ!!」
翠の体が、強く震える。
「俺は……」
赫は、唇を噛みしめてから続けた。
「俺は……」
「翠にぃが、いなくなる方が……」
声が、裏返る。
「……よっぽど、怖いんだよ……!」
その言葉に、
翠の目が、初めて大きく揺れた。
「……命なんてどうでもいい、って」
赫の声は、怒りよりも、
後悔に近かった。
「そんなこと言われたらさ……」
「俺、どうしたらいいんだよ……」
沈黙。
黄が、そっと前に出る。
「……赫」
でも、赫は首を振る。
「……ごめん」
翠に向けて、言う。
「……俺、今すごい怒ってる」
「めちゃくちゃ、怒ってる」
でも。
「……同時に……」
声が、震える。
「……気づけなかった自分が……」
「一番、ムカつく……」
その瞬間。
翠の中で、
張りつめていた何かが、
静かに、音を立てて崩れた。
「……ごめ……」
謝ろうとして、
言葉にならない。
赫は、深く息を吸う。
「……守られたいなんて」
「一回も、言ってない」
「……一緒に、苦しめって」
「言えばよかった……」
翠は、初めて顔を歪めた。
───泣いてはいない。
でも、耐えきれない顔だった。
桃が、やっと一歩前に出る。
でも、赫の声が先だった。
「……翠にぃ」
低く、でも確かに弟の声で。
「次、同じことしたら」
間。
「……俺、絶対許さない」
それは、脅しじゃない。
繋ぎ止める言葉だった。
翠は、かすかに、頷いた。
その仕草が、
あまりにも小さくて。
黄は、静かに涙を落とした。
コメント
1件