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くらね
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あの日から、莉愛は少しだけ癒月を見る目が変わっていた。
教室では、いつも通り。
「柊くん、おはよう!」
「今日、一緒にお昼食べない?」
クラスメイトたちは、何も知らずに笑顔で話しかける。
癒月もまた、いつものように穏やかな笑顔を返していた。
「ありがとう。でも、今日は写真部に行くから。」
その姿を見ながら、莉愛は複雑な気持ちになる。
(この笑顔は……本当なのかな。)
昨日までなら、ただ「優しい人」だと思っていた。
でも今は分かる。
その笑顔の裏には、誰にも言えない不安が隠れていることを。
◇
放課後。
写真部の活動が終わり、莉愛が校舎を出ようとしていると、後ろから声がした。
「天野さん。」
振り返る。
そこには癒月が立っていた。
「あ……柊くん。」
一瞬、癒月の表情が曇る。
「……その呼び方。」
「え?」
「嫌だったら、ごめん。」
莉愛は慌てて首を振る。
「違うの!」
言葉を探す。
「まだ、なんて呼べばいいか分からなくて。」
癒月は少し寂しそうに笑った。
「そっか。」
その笑顔が、昨日見た泣きそうな顔と重なる。
「……癒月。」
莉愛が小さく呼ぶ。
癒月の目が少しだけ開く。
「今は、それでいい?」
「……うん。」
その返事は、とても小さかった。
◇
二人は校舎裏のベンチに座った。
春の風が、桜の花びらを運んでくる。
「昨日のこと。」
癒月が口を開く。
「忘れてほしい。」
莉愛は驚いた。
「え……。」
「無理なお願いだって分かってる。」
癒月は膝の上で手を握る。
「でも、今までずっとそうしてきたから。」
「隠してきたの?」
癒月は静かに頷いた。
「小さい頃から。」
少し間を置く。
「私は、自分のことを女の子だと思っていた。」
莉愛は黙って聞く。
「でも周りは、私を男の子として見ていた。」
癒月は遠くを見る。
「名前も、服も、期待されることも。」
指先を握りしめる。
「どこにいても、『こうあるべき』っていうものがあった。」
莉愛は胸が苦しくなった。
「だから、高校では最初から全部変えてみようと思った。」
「柊くんとして?」
「うん。」
癒月は苦笑する。
「男の子になりたかったわけじゃない。」
「ただ……誰かが決めた私じゃなくて、何も知らない場所で普通に友達を作りたかった。」
◇
「でも。」
癒月は小さく笑う。
「やっぱり、上手くいかなかった。」
「どうして?」
「私、嘘をついてるみたいで苦しかったから。」
その言葉に、莉愛は何も言えなかった。
癒月は優しい。
だからこそ、誰かを騙していると思うことが苦しかったのだろう。
「莉愛は……怖くない?」
突然聞かれる。
「え?」
「私のこと。」
莉愛はすぐに首を振った。
「怖くない。」
「でも……」
「だって。」
莉愛は癒月を見る。
「昨日までの癒月も、今日の癒月も、同じ人だから。」
癒月が目を伏せる。
「……変じゃない?」
「何が?」
「こんな私。」
莉愛は少し考えてから答えた。
「変じゃないよ。」
そして笑う。
「だって、写真を撮った時の癒月は、すごく楽しそうだった。」
「写真?」
「うん。」
莉愛はカメラを取り出す。
「癒月が笑ってる時、すごく自然だった。」
画面には、校庭で子どもを助けた時の癒月が写っていた。
優しく笑う顔。
誰にも作っていない表情。
「……私、こんな顔してたんだ。」
癒月は少し驚いたように写真を見る。
「うん。」
「知らなかった。」
「じゃあ、これからもっと見つければいいよ。」
その言葉に、癒月は少しだけ笑った。
◇
翌日。
昼休み。
莉愛が教室でお弁当を食べていると、癒月が近づいてきた。
「莉愛。」
周りに聞こえないくらい小さな声。
「今日、写真部の部室……行ってもいい?」
「もちろん。」
その笑顔は、少しだけ昨日より自然だった。
◇
写真部の部室。
二人で並んで写真を整理する。
「この写真、好き。」
癒月が指差した一枚。
桜並木の写真だった。
「春って感じがする。」
「癒月、春好き?」
何気なく聞くと、癒月は少し考えた。
「……昔は嫌いだった。」
「え?」
「春になると、新しい環境になるから。」
癒月は窓の外を見る。
「また説明しなきゃいけないかもしれないって思ってた。」
少し寂しそうな声。
「でも。」
写真を見る。
「今年の春は、少し違うかも。」
莉愛の胸が少しだけ温かくなる。
◇
帰り道。
校門を出たところで、癒月が立ち止まった。
「莉愛。」
「ん?」
「昨日のこと……誰にも言わないでくれてありがとう。」
「当たり前だよ。」
癒月は少し笑う。
「でも、ありがとう。」
その表情は、初めて会った日のような優しい笑顔だった。
「私ね。」
癒月が小さく言う。
「本当の自分を知っても、そばにいてくれる人がいるなんて思わなかった。」
莉愛は答える。
「じゃあ、これからは思って。」
「え?」
「私はいるから。」
癒月は目を丸くして、それからふっと笑った。
「……莉愛って、不思議な人。」
「そう?」
「うん。」
桜の花びらが二人の間を舞う。
「でも。」
癒月は優しく続けた。
「会えてよかった。」
その言葉を聞いた瞬間。
莉愛の胸の奥で、何かが小さく動いた。
まだ名前のない感情。
それが何なのか、莉愛はまだ知らなかった。
ただ一つ分かったことがある。
柊癒月という人を、もっと知りたい。
もっと笑っているところを見たい。
そう思っている自分がいることだった。
◇
春風が吹く。
二人だけが知る秘密は、
いつしか二人を繋ぐ、小さな絆になっていた。
コメント
2件
めちゃ感動 ⚲_⚲ ぁと書くの上手すぎませんか 😭 センス10割ください🫠︎