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くらね
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新学期が始まって、一か月。
教室では、柊癒月はすっかり人気者になっていた。
「柊くん、おはよう!」
「今日の体育、一緒の班になろ!」
「放課後、みんなで寄り道しない?」
女子たちが次々と話しかける。
癒月はいつもの穏やかな笑顔で応えながらも、誰の誘いにも「ごめん」と首を横に振っていた。
その様子を、莉愛は少し離れた席から眺めていた。
(断るのも、大変だよね……。)
◇
昼休み。
写真部の部室は、校舎の隅にある小さな部屋だ。
昼食を食べ終えた莉愛が写真を整理していると、扉が控えめに開いた。
「……入ってもいい?」
癒月だった。
「もちろん!」
癒月はほっとしたように笑い、椅子へ腰を下ろした。
「ここ、静かで落ち着くね。」
「みんな昼休みは校庭だから。」
部室には二人だけ。
静かな時間が流れる。
「今日も告白されてたね。」
莉愛が苦笑すると、癒月は困ったように頭をかいた。
「三人目。」
「えぇ……。」
「期待されるのは嬉しい。でも……。」
癒月は窓の外へ目を向ける。
「本当の私を知らないまま『好き』って言われると、苦しくなる。」
莉愛は返す言葉が見つからなかった。
「私、誰かが思ってる『柊くん』にはなれないから。」
その声は、とても小さかった。
◇
「ねぇ。」
莉愛はカメラを手に取る。
「写真、撮ってもいい?」
癒月は少し驚いたあと、小さく頷いた。
「莉愛になら。」
その一言だけで、胸が熱くなる。
「じゃあ、笑って。」
「急だなぁ。」
困ったように笑った瞬間。
――カシャ。
「また自然に笑った。」
「狙ったでしょ?」
「うん。」
二人で顔を見合わせ、笑い合う。
その時間が、とても心地よかった。
◇
放課後。
家に帰った莉愛は、撮った写真をパソコンへ取り込んでいた。
「えっと……。」
フォルダを開く。
そこには、
坂道で出会った日の桜。
校庭で子どもを助けた癒月。
オムライスを作る癒月。
部室で笑う癒月。
気づけば、写真のほとんどが癒月だった。
「……あれ。」
思わず苦笑する。
「私、撮りすぎじゃない?」
一枚ずつ見返していく。
どの写真も、癒月は少しずつ表情が違う。
学校では見せない笑顔。
安心した笑顔。
照れた笑顔。
その全部が愛おしく思えた。
「……好き。」
ぽろりと零れた言葉に、自分自身が一番驚く。
「私……癒月のこと……。」
胸が苦しくなる。
でも嫌じゃない。
むしろ、もっと笑ってほしいと思う。
もっと、その笑顔を写真に残したいと思う。
それが恋なのだと、莉愛はようやく気付いた。
◇
翌日の放課後。
昇降口で靴を履き替えていると、癒月が郵便受けから一通の封筒を取り出した。
「あ……。」
差出人を見た瞬間、癒月の表情が揺れる。
「どうしたの?」
「……昔の友達。」
封筒には、整った字で名前が書かれていた。
水瀬紗良。
癒月は少しだけ迷ったあと、その場で封を開ける。
便箋には、短い文章が綴られていた。
――元気ですか。
――新しい学校はどう?
――あなたが、自分らしく笑えているなら、それだけで私は嬉しい。
たったそれだけの文章だった。
けれど、癒月は唇を噛みしめる。
ぽたり、と便箋の上に雫が落ちた。
「癒月……?」
「ごめん。」
癒月は涙を拭いながら笑う。
「紗良はね……前の学校で、唯一、本当の私を知ってくれた子なんだ。」
その笑顔は泣き顔のままで、それでもどこか温かかった。
莉愛は何も言わず、そっと癒月の隣に立つ。
今は励ます言葉よりも、一緒にいることのほうが大切な気がした。
春の夕暮れ。
二人の影は静かに並んで伸びていた。
その手紙が、やがて癒月の未来を大きく変えることになるとは、まだ誰も知らなかった。
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