ハンクの執務室にはソーマとハロルド、ライアンが揃っていた。キャスリンはマダム・オブレから届いた妊婦用ドレスを自室で鑑賞している。
「茶会に参加する令嬢は、マイラ王女を護衛してきたレディント辺境伯の長女ノエル様とハインス公爵姉妹、コンラド侯爵の次女ローズ様、ランザイト伯爵の三女アビゲイル様、キャスリン様の七人で開催されます。アビゲイル様は婚姻歴はありますが、嫁ぎ先で子を流してしまい、そこからなかなか子に恵まれず、離縁を選んだ強い女性ですよ。ここまではキャスリン様もご存知。ここからは僕の情報、アビゲイル様は高位貴族の愛人になりたいと悪い倶楽部で若い少年に話していたそうです、やれやれ。そんな彼女がなぜ茶会に呼ばれたのか、コンラド侯爵のローズ様はゾルダークへの嫁入りを望んでいたようですが、閣下に断られディーターが選ばれた。根に持っているのかな、キャスリン様にアビゲイル様をけしかけるため共にと懇願したのでしょう。年齢的にはこの茶会には合わないんですがね。辺境伯のノエル様は披露目からマイラ王女の友人として王宮に滞在しています。ディーターの力が強くなるのが腹立たしい様子で、自身は辺境の田舎ですからね、学園にも通えず王都に憧れ、やってきたら豪華なキャスリン様を見てやっかみかな。同じ年で公爵家の新妻、陛下と王太子とダンス、確固たる地位。弟まで公爵家へ入る。自身は父親の臣下と婚約中で子爵家に嫁ぐ予定です。気に入りませんよ。マルタンは招待を断ってますよ、強気だな。ハインス公爵姉妹、実はカイラン様の第二夫人狙ってて、あそこは嫡男いますから、どっか嫁ぎ先を探してるんですけど、格下には行きたくない!と駄々を捏ねてますが、マルタンは男なし、ゾルダークしかいない、キャスリン様と婚姻したて、でも石女なら?ってね、まだ十五と十六ですよ。恐ろし」
ライアンは一息ついて紅茶を飲み、喉を潤す。
「しかし、キャスリン様は早々に懐妊、面白くない、と何かしてくるのかな?うるさい姑のいないカイラン様はかなりの好物件だったんですよ、でも閣下がおられる。女性側からは強くは願えない。加えて学園でのリリアンへの懸想が令嬢達を踏み留めた、でもリリアンはアンダル様が持っていった。邪魔なのはキャスリン様になる。怖いのはハインスの姉妹が何を考えているか。子が生まれるなら第二夫人なんて必要ない。キャスリン様は不動の地位です。そんなの公爵家令嬢が我慢できます?僕があの姉妹なら、キャスリン様の子を流しますよ。その方法ですが、どうやります?ハロルドさん」
いきなり振り向いたライアンからの問いに、表情も変えずハロルドは答える。
「毒を使います。遅効性なら尚いい」
ライアンは満足げに頷いている。キャスリン様は邸を出ないから誰かを雇って襲わせることもできない。
「僕もそれにしますね。でも王宮に毒を持ち込むなんて、知られたら死罪ですよ。ではどう毒を盛ります?ソーマさん」
ソーマは考え答える。
「飲み物は無理でしょう。王宮の使用人は平民階級でも貴族の出の者だけ。関わったら最期、一族が皆殺しです…指輪、仕込み指輪を使いますね」
ライアンは拍手する。
「僕と同じ結論ですよ!あくまでも想像ですから、閣下。そんな怖い顔しないで、誰も決行されるとは言ってないですよ。でもアビゲイル様はキャスリン様に絡みますよ。悪い倶楽部でカイラン様が狙いだと溢していたらしいですから。ハインス姉妹はどうかな、二人がどれだけ本気なのか。王太子に嫁ぎたいでしょうが、血が近いし隣国の王女が相手では無理、あそこまでの利益が出る婚姻などありませんからね。侯爵家の嫡男に嫁ぐ選択もあるんです、気が強くて傲慢でも公爵家と繋がれるのなら男性側も家のために喜んで娶るだろうに」
ライアンは紅茶を飲み、菓子を摘む。
金をばらまいて得た情報だ、令嬢達の望みは確かだろう。それを実行する気概を持つか。ゾルダークの後継を殺すなんて、恐ろしい。親には絶対に言えない。侯爵家でも優雅に暮らせるだろうに。格下になるのが嫌なんだな。くだらないね。閣下の顔が険しいよ。でも実行されたら大変だもんな。
「茶会、断りますか?」
ライアンはハンクに聞いてみる。
キャスリン様は行くつもりだろうけど、ゾルダークは社交にあまり積極的ではない。それでも出なければならない時もある。キャスリン様は意外とうまくかわすんじゃないかな。
「あれに情報を簡潔に教えろ」
断らないか。まぁ、令嬢の企みを知っていれば対策がとれる。
「では、アビゲイル様の目的、ハインス姉妹への警戒でよろしいでしょうか」
ハロルドはハンクに確認する。
「騎士を背後に置く、王には俺から言っておく」
護衛騎士を側に置くにしても女性だけの茶会では部屋の端、外なら話し声が聞こえない位置が当たり前なのに、背後!怖いな。見てみたい。医師なら階級関係なく王宮に入れるしな。
「念のため僕も行きますよ。父に用事があると言えば、いつものように入れますから」
見逃せないな。しかし、アビゲイル様の誘惑にカイラン様が落ちたら…面白すぎる。問題はどこでカイラン様を誘惑するかなんだけど、なかなか外に出ないし、外出してもそんな情報を得ることはできないだろうからな、そこを突破しないと。社交シーズンも終わったし、夜会もない。貴族の男を落としてから繋げてもらう、が一番の近道だな。
「アーロンは絡んでいるのか?」
ハインス公爵か、絡んでなさそうなんだよな。
「ハインスの内通者からは聞いていません。姉妹の話を盗み聞きしたと報告されました」
これでハインス公爵が関わっていたら、とんでもないことになるな。王妃の兄だよ、また王家の権威が落ちてしまう。
「公爵家の令嬢に身体検査なんてできないですからね」
ライアンはハンクが考え込んでいる間に菓子を摘む。
「あれの騎士には公爵家の女でも容赦するなと伝えろ。女共には俺の命令だと言えばいい」
ダントルさんはゾルダークの正式な騎士服を着て参加だな。緊張するだろうなぁ。かわいそう。
ハロルドはキャスリンの様子を見てから報告すると告げ、退室する。
「貴族の中でディーターへの妬みが酷いですよ。突出してなかったのに、ここにきて目立ち始めたから。マルタンとの婚約は、家同士には良策だけどキャスリン様に敵を増やしましたね。貴族の令嬢って妬みと僻みの塊。キャスリン様は稀有ですよ」
ハンクは黙っている。
考えていることはわかるよなぁ。守りたいけど閣下は貴族院の会議だしな、もどかしいよな。人間らしい感情を持ってしまって…
ハンクはライアンに手を振り、退室を命じる。
立ち上がったライアンにソーマは菓子の包みと金の入った袋を渡す。執務室にはソーマとハンクのみが残った。
「ハインス公爵に話しますか?」
ハンクは手を振り、否と答える。
「事が起これば手を下す」
ソーマは頷き、キャスリンの無事を願う。王宮でキャスリン様が害されれば、主は気がふれるかもしれない。ゾルダークは破滅に向かう。貴族院の会議には、父親に付いて令息令嬢が王宮の開けた庭に入ることができる。茶会は私的な庭で開催されるが、招待されなかった令嬢は腹も立つ。今ディーターは妬みの対象。若い者が動かなければいいが、愚か者はどこにでもいる。
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