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日は傾き、教室の隅に差し込む光が、どこか異様に眩しかった。遥は、その光を避けるように、窓際から少し離れた席に座っていた。
鞄の中を見つめるふりをして、まばたきひとつせず、動かない。
日下部がゆっくりと教室に入ってくる。
誰もいないその空間で、遥を見つけると、一瞬だけ歩みが止まった。
「……なあ」
声をかけたその瞬間、遥の身体が小さく、しかし確実に震えた。
日下部は歩み寄る。けれど、その距離は簡単に縮まらなかった。
「何か言えよ。……聞こえてるんだろ?」
遥は、顔を上げなかった。
ただ、肩だけがわずかに揺れている。寒さではない。怯えでも、怒りでもない。
なにか、とても遠くへ意識を飛ばしているような──そんな沈黙。
「おまえが何も言わないから、俺……」
言葉が詰まる。
言いたいことは山ほどあったはずなのに、この空気のなかでは、どれも正しい形を持たなかった。
遥の目が、やっと日下部のほうを向いた。
けれど、その視線には、「誰か」が宿っていなかった。
まるで、“自分という存在を通り越して”、日下部をただ見ているような、そんな空虚。
「……違う。全部、おれのせいだ」
遥が口を開いたのは、それが最後だった。
それ以降、何を問いかけても、何を言っても──遥は黙って、首を振るだけになった。
誰も明言しないまま、クラスの誰もが遥を“壊れた”と認識するようになった。
席にいても、声をかけても反応しない。
廊下ですれ違っても、目が合っても、彼の意識はどこにもいなかった。
まるで“今この場”に存在していないかのように。
そして、日下部だけが知っていた。
──遥は、完全に沈黙したのではない。
「言葉を発すれば、また誰かが壊れる」
そう信じてしまったから、口を閉ざしているのだと。
遥の沈黙を前に、日下部のなかでも何かが変わっていく。
言葉では届かない。
沈黙に沈黙で返しても、何も前には進まない。
でも、焦って動けば、それもまた“支配”になるかもしれない。
「おまえが壊れたのは、俺のせいかもしれない」
「だけど、黙って見てるわけにはいかない」
「もう、あのときみたいにはならない」
声にならない誓いが、日下部の目に宿る。