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※今、番外編恋愛版を構想中で(近々、あげる予定)、そっちに引っ張られてる感あり……。甘々ではないけども。
空が焼け残したような灰色に染まり、校舎の廊下には誰もいなかった。放課後の気配すら消えた静けさの中、遥は壁にもたれたまま、ただ呼吸していた。口を閉ざし、目を閉じ、沈む。そうすることで、存在を薄めていた。
足音がした。
わずかな気配に、遥は目を開ける。日下部だった。だが、その顔つきはいつもと違っていた。優しさを貼り付けるような、遠慮がちな気遣いの影がない。ただ、まっすぐに歩いてくる。
遥は反射的に身体を引いた。逃げる場所などないと知っていながら、それでも離れようとする。
けれど、日下部は構わず、真正面からその腕を取った。
「……!」
拒絶の声を出そうとしたその口を、遮るように――日下部は、遥を抱きしめた。
力はこもっていなかった。なのに、その行為は遥にとって、刃のように鋭かった。逃げ場のない“行動”が、自分の輪郭を突き立ててくる。
「……離せ」
遥はかすれた声で言った。だが日下部は動かない。
「……おまえ、何してるか、分かって……」
「分かってる」
短く、はっきりと。
「俺は、知ってる。おまえが黙る理由も、背中を見せる理由も、全部。……それでも、触るって決めた」
遥の身体がわずかに震える。過去に幾度も触れられ、汚された経験の中に、“この感触”はなかった。
「おまえにとっては、加害だって思うんだろ。汚すって思ってる。でもな、俺は違う」
ゆっくりと、日下部は遥から距離を取った。だが、その手だけは離さなかった。
「おまえが黙ってても、壊れてても、逃げてもいい。でも――俺は、おまえを置いてかない。もう、黙ったままでいさせない」
遥は言葉を失っていた。反論も拒絶もできない。日下部の“覚悟”が、あまりに真っ直ぐすぎて、それがかえって酷く残酷に思えた。
そんな綺麗なものを、自分が持っていいはずがないのに。
「……ほんと、おまえ、バカだよ」
遥が吐き捨てるように言う。けれどその声は、泣いているように震えていた。
沈黙の殻に、ひびが入った。