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夜十一時。
霧島家の古時計が重々しく時を刻む。館の中は不気味な静寂に包まれていた。
相沢蒼は全員を広間に集めた。
香坂真理、佐伯蓮、永井沙織――それぞれの顔に緊張と不安が浮かんでいる。
「さて……この事件の核心に迫りましょう。」
相沢は静かに語り始めた。
◆ 密室の謎
「まず、霧島翔が殺された広間の密室。
扉も窓も内側から施錠され、凶器も見つからなかった。
外部犯行は不可能。――つまり“内部の人間”による偽装があったわけです。」
相沢は、テーブルの上にある一本の細い金属棒を示した。
「この棒は、暖炉の灰の中から見つかりました。
片端には小さな“鍵の爪”のようなものが溶けた跡があります。」
永井が息をのむ。
「それって、まさか……」
「そう。扉の鍵を外から閉めた“道具”です。
この棒をドアの隙間に差し込み、内側の鍵を操作した。
犯人は部屋を出た後、鍵を閉め、棒を暖炉で焼却して証拠を隠した。
――つまり、“密室”は人為的に作られた幻でした。」
◆ 動機の輪郭
相沢は視線を佐伯に向ける。
「佐伯さん、あなたは霧島翔に多額の借金をしていた。
彼が“事故の真相”を暴けば、あなたの不正も明るみに出る。
あなたに動機はある。」
佐伯は顔を歪めるが、すぐに否定した。
「違う! 俺は確かに借金をしていたが、殺してはいない!」
相沢は頷く。
「わかっています。あなたは“犯人ではない”。
――真犯人は、もっと霧島に近い存在です。」
静寂が広間を包む。
相沢の目がゆっくりと香坂真理に向けられた。
◆ 真犯人
「香坂真理。
あなたは霧島家の執事であり、彼を幼少期から支えてきた。
だが、あなたが守っていたのは“霧島翔”ではなく、“霧島家の秘密”だった。」
香坂の唇がかすかに震える。
相沢は続けた。
「数年前の“転落事故”――あれは事故ではなかった。
被害者は霧島家の前執事であり、あなたの父親だった。
霧島家は彼を“横領の罪”で追放し、死を偽装した。
翔はその真相を知り、あなたに“すべてを公表する”と告げたんです。」
香坂の瞳が潤む。
「……翔様は、何も悪くなかった。ただ、真実を語ろうとしただけ。
でも、あの夜……あの言葉を聞いて、私は……止めようと……」
「あなたは刃物を手に取り、彼を脅した。
だがもみ合ううちに――刃が胸に刺さった。
衝動的な事故だった。
そしてあなたは、館の誰も疑われぬよう、“密室”を作り上げた。」
香坂の手からハンカチが落ちる音が響く。
「彼を殺すつもりは……なかったのです……
私はただ、家を守りたかった。翔様も、それを分かってくださると……」
相沢は静かに目を閉じた。
「霧島翔は、あなたを恨んではいません。
彼の日記の最後のページに、こう書かれていました。」
『真理を責めるな。彼女は、霧島家の罪を背負った唯一の人だ』
香坂の頬を涙が伝う。
「……あの人らしい言葉ですね。」
◆ 霧の夜の終わり
外の霧が少しずつ晴れていく。
夜明けが近い。
永井が静かに口を開く。
「あなたは、真実を暴くためにここへ呼ばれたんですね、相沢さん。」
相沢は頷き、封筒を取り出した。
「この招待状――実は霧島翔が死の直前に私へ送ったものです。
彼は自分が“殺される”ことを予感していた。
だから、最後に真実を託したのです。」
霧島翔の願い通り、真理は明らかになった。
だが、それは同時に、彼女を縛っていた罪の鎖を解くことでもあった。
香坂は静かに警察へと身を委ねた。
その背を見送りながら、相沢は窓の外の光を見つめた。
「真実というものは、霧のようなものだ。
どれほど隠そうとしても、やがて朝日が照らす。」
そして、相沢は帽子を被り直し、霧の中へと消えていった。
――次の依頼の、気配を感じながら。