子供の頃、岳斗が欲しいモノは望んでも与えられなかったし、もし何らかの形で手に入れられたとしても、気が付けば麻由に取り上げられていたからだ。
長じてからはその反動もあって、あの手この手で欲しいものを自分のそばへ引き寄せて、手に入れたものは誰にも奪われないよう大切に守ってきた岳斗である。
実父を出し抜いての土恵商事への就職だってそうだ。
あれは花京院岳史という男がプライドの塊なことは承知していたから、土壇場で『はなみやこ』を裏切った息子を、役員らを説得してまで追いすがってはこないだろうという、一種の賭けだったが、どうやら自分はその賭けに勝ったらしい。
クソ男からの妨害が入らないと確信した岳斗は、土恵で上に昇ることに専念した。
もちろん、そのための努力は惜しまなかったつもりではあるけれど、そのお陰で屋久蓑大葉よりも若い年齢で課長職に就くことが出来た。
それは、土恵商事の社長の甥っ子である大葉に勝てたという、岳斗の中での密かな自負だったのだけれど。
(結局僕は大葉さんには敵わなかったんですよね)
杏子のおかげで今はもう未練なんてないと言い切れるけれど、それでも荒木羽理のことを思い出すと苦いものがこみ上げてくるのは事実だ。
(まぁあれは欲しがっているのを知られたくないと慎重になりすぎた結果だから仕方ないんですけど)
岳斗は人をたらしこむのが得意だったはずなのに、何故か荒木羽理に対してはそれをうまく発動出来なかった。
荒木羽理という女性がどこかズレていたのもあったかも知れないけれど、不意に横から出てきた屋久蓑大葉に呆気なく彼女の心を掻っ攫われてしまったことを考えると、やはり真正面からぶつからなかった自分が悪かったんだろう。
大葉のことを敬愛している今となっては、彼の婚約者である荒木羽理の相手はとうに諦めている岳斗だ。けれどその分、美住杏子は何としても成就させたい。
「そ、それはそう、です、ね。それで……あの……岳斗さん。私、岳斗さんになんとお礼を言ったらいいのか……それからどうやってこのご恩をお返ししたらいいのか……よく分からなくて困っているんです」
ソワソワモジモジする杏子のことが可愛くてたまらないと思ってしまうのは仕方がないことだろう。
「杏子ちゃんは深く考えすぎなんだよ。ただ一言『ありがとう』でいいと思うんだけどな? けど、そうだなぁ。きっとそれだけじゃ、杏子ちゃんの気が済まないんだよね? じゃあさ、僕からとっておきの提案」
――僕のことを〝恋人〟に昇格してくれないかな?
そう告げようとした矢先のことだった。マナーモードにしていた岳斗の携帯電話が着信を知らせてブルブルと震え出したのは。
***
最悪のタイミングで邪魔してきた電話の相手は、岳斗が大嫌いな実父・花京院岳史だった。
どうやら近衛社長から岳斗のコノエ産業への介入を聞いたらしい。もしかしたら案外コノエの中に岳史のスパイが混ざり込んでいた可能性もあるな、と思いつつ、岳斗は胸糞の悪い男の話し声を耳に入れる。
覚悟はしていたことだけれど、やはり最悪なことに岳史の言い分は、『自分の威光を使うからにはそれなりの見返りを渡せ』というものだった。
要するに自分の名前を使いたいなら、息子――つまりは花京院岳史の跡取りとして『はなみやこ』へ帰ってこいということらしい。
正直杏子を第一に守りたい岳斗に拒否権などなかった。
元より父親の名を持ち出した時点で、遅かれ早かれそうなることは分かっていた。そこは腹を括っていたつもりの岳斗だが、ひとつだけ懸念しているのは、あちらへ連れ戻されることで自分の色恋沙汰まであの男にコントロールされかねないということだった。
そもそも、岳斗は杏子をあの家と関わらせたくない。
はなみやこへ戻る条件として、岳斗の交際相手については一切口出ししないこと、住む場所は現状のままにして欲しいと提示した岳斗だったのだが、そこはさすがに相手も心得たもの。