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わずかな人員しか集まらず『暁』構成員は例外無く農園に立て籠った以上クリューゲに打てる手立ては一つだけだった。港湾エリアにある『暁』所有の桟橋と周囲の倉庫群を占拠すること。それは『海狼の牙』を始め他の勢力を刺激することに他ならないが、起死回生を図るには最早それしかなかったのだ。
「こんな無様な……しかし、手はあります。問題は確実に起きるでしょうが、この資金さえあれば挽回の可能性はある……速やかに目標を確保するのだ!」
自ら港湾エリアに進出、失敗の無いように陣頭指揮を執ることにしたクリューゲ。深夜の港湾エリアを二十人が声を潜めて行動し、目標である桟橋と倉庫群を速やかに占拠して交渉に持ち込む。それがクリューゲの出した挽回策であった。
幸い『海狼の牙』と揉めていないので港湾エリア侵入はスムーズに進んだ。先遣隊の情報だと警備も手薄、作戦の成功は間違いないと確信を抱いたその時。
「クリューゲの兄貴!」
先遣隊に属している構成員が慌てながら戻ってきた。
「何事だ!?」
「大変なことになった!雇った奴等が、とんでもない下手を打ちやがったんだ!」
「なんだと!?」
雇えたゴロツキ十人は先遣隊として四人の構成員に指揮させて先発させていたが、一部のゴロツキが暴走。あろうことか、目標の隣にある『海狼の牙』の倉庫に攻撃を仕掛けたのだ。構成員達は慌てて止めようとしたが時既に遅く松明を投げ込まれた倉庫は炎上を始めた。
「なんと言うことを!」
直ちに本体を率いて現場にたどり手いたクリューゲの目の前には、『海狼の牙』の支配地で暴れまわるゴロツキ達だった。既に倉庫二棟が燃え上がり、更に別の倉庫に手を出そうとしていたのである。
「舐めた真似してくれるじゃねぇか!?殺さずに捕まえろ!殺したらペナルティだからな!!分かったか!」
「「「うぉおおおっっ!!」」」
闇夜から現れた『海狼の牙』幹部メッツの号令により、港湾警備の者達が次々と集まる。
「待て!待ってください!これはこちらの手違い!必ず賠償するから、矛を納めて下さい!」
クリューゲは必死に叫ぶが、時既に遅く警備隊が一斉にクリューゲ一派に襲い掛かる。
「オラァアッ!!」
クリューゲ一派の一人が棍棒で殴り飛ばされる。
「ぐはっ!?」
「この人数で『海狼の牙』に殴り込みか!?舐めてんじゃねぇぞコラァ!!」
「海に沈めるぞこの野郎ぉ!」
「ひぃいっ!」
「殺すなよ!適当に痛め付けて捕まえるんだ!生きてりゃ良い!」
「待て!話せば分かります!どうか落ち着いて!」
『海狼の牙』警備隊はクリューゲの言葉に耳を貸すことなく棍棒などで容赦なく侵入者を叩き伏せていく。その行為に一切の容赦は無かった。
だが、クリューゲの悲劇はまだ終わりではなかった。
『暁』の桟橋に停泊していた大型の帆船に多数の人影が現れる。その先頭に居たのは青い髪をした隻眼の美女だった。
「『暁』と『海狼の牙』の盟約に従い、私達も加勢するよ!野郎共ぉ!港を騒がせるバカ共を一網打尽にしちまいなぁ!!」
「「「あいあいさーっっ!」」」
『暁』海賊衆もエレノアを先頭に加勢し、瞬く間にクリューゲ一派を飲み込む。
「ははははっ!クリューゲとやらもザマァないねぇ!!こいつらはシャーリィちゃんを撃った奴の仲間だ!遠慮は要らないよ!」
そう部下達に叫びながら鞘に納めたままのカトラスでクリューゲ一派の構成員を殴り飛ばす。
「てめえらがお嬢様をぉ!?」
「生かしちゃ置かねぇぞ、覚悟しろやゴラァ!!」
「殺しちゃダメだって言ってんだろうが!ヘマした奴はシャーリィちゃんからの御褒美をやらないからね!」
「そりゃ勘弁だ船長ぉ!」
「分かったなら死なない程度に殴りなぁ!」
「ミス・エレノア、加勢に感謝するぜ!」
「良いってことよ!此方もこいつらには山ほど恨みがあるんだ!いい気分だよ!」
まるで余興のような気軽さで次々と倒されるクリューゲ一派。
「こんなっ、こんな終わり方があって堪るかぁああーーっっ!!」
クリューゲは悲壮な叫びを挙げて突撃、難を逃れようとするが。
「逃がしゃしないよ!てめえがシャーリィちゃんを撃つように命令したって話じゃないか!ここで一発ぶん殴らせろ!」
大きく振りかぶったエレノアの拳はクリューゲの顔面に突き刺さりメガネを割り鼻をへし折りながら殴り飛ばした。
「ぐぶっ!?」
「なんだ、ヒョロヒョロな身体しやがって!軽いじゃないか!それでも裏社会の男かい!?」
「ぐっっ!この私をっ!殴ったなぁ!」
「ああ、一発じゃ足りないよ!まだまだ殴らせな!」
馬乗りになったエレノアは容赦なく拳を叩き込む。
「ぐべっ!?がっ!?」
「船長ぉ!殺しちまわないようになぁ!」
「分かってるよぉ!ちょいとお仕置きを……なんだいなんだい、もうオネンネかい?だらしないねぇ」
殴られ続けたクリューゲは気を失い、襲撃した二十人は例外無く滅多打ちにされて拘束される。一時間も掛からない早業だった。
『海狼の牙』本部屋敷二階執務室の窓からその様を見るのは『海狼の牙』首領サリア。いつものように紫のローブと三角帽子を被った少女は、気だるそうな表情のままゆっくりと振り向き視線を同室に居る人間へ向ける。
「全ては貴女の読み通り、と言ったところかしら?ここまで見事に嵌まるとは思わなかったわ」
その視線の先には、車椅子に座った金髪ショートの少女シャーリィが満面の笑みを浮かべていた。
「私としても、ここまで策が嵌まるとは思いませんでした。彼の人望の無さが招いた結果。他人事とは思わずに身を引き締めようと思います」
「貴女は上手くやってると思うけどね。うちまで巻き込むとは思わなかったけれど」
「エルダス・ファミリーは港湾進出を目指していました。今回の件が穏便に終わっても狙い続けるはず。ですから、先に手を出してきたのは彼方だと抗議できるこの状況は、サリアさんにとっても悪い話では無いでしょう?」
「まあね、先んじて脅す材料になるわ。うちの縄張りがうるさいと研究に集中できないし」
「そうでしょう。だから、今回ご助力を願ったのです」
「あの暴発は貴女が仕組んだのかしら?」
「ラメルさん経由でクリューゲ一派に味方しそうな人達に偽の情報を流しただけですよ。『海狼の牙』の倉庫に火をつけたら報酬を三倍にすると吹き込みました」
笑顔のまま答えるシャーリィ。
「あのゴロツキ達はまんまと貴女に騙されたわけね。なら、命は助けた方がいいかしら?」
「何故ですか?あんな人達が生きていても百害あって一利なしと言います。処分しますよ?」
心底分からないと首をかしげた。
「貴女が仕向けたんでしょう?」
「ラメルさんが流した偽情報につられただけですよ?確かめればすぐに分かるはずなのに、確かめることすらしなかった。で、彼らを助ける理由もありません。簡単なお話では?」
「……貴女を敵に回したくはないものね、シャーリィ」
サリアはげんなりとしながら応じて椅子に座る。
「もちろん、私としても仲良くやっていきたいと思っていますよ?今後ともよろしくお願いしますね、サリアさん」
シャーリィは笑う。満面の笑みを浮かべて、心底楽しそうに一人の男の凋落を楽しんでいた。