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『海狼の牙』本部屋敷の執務室でサリアとシャーリィが談笑していると、外が少しだけ騒がしくなった。
「連れてきたみたいね。久しぶりに会おうかしら」
「クリューゲとお知り合いですか?」
シャーリィが質問すると、気だるそうにサリアが答える。
「あいつは交渉役でもあったからね、何度か挨拶に来たことがあるのよ。シャーリィ、貴女はどうするの?会うの?」
「それも楽しそうですが、ネタバラしにはまだ少し早いかなと思います。私の容姿を詳しく知っているわけではないと思うので、隅で控えていますね。ルイ」
「おう」
今まで黙っていたルイスがシャーリィの車椅子を押して部屋の隅に移動する。
それに合わせて執務室の扉が控えめに叩かれる。
「ボス、メッツです。首謀者のクリューゲを連れてきました」
「通しなさい」
椅子に座り脚を組んで迎えるサリアの目の前に、縛られて顔面が腫れ上がったクリューゲが放り出されて床に転がる。
当然血などが敷かれているカーペットを汚してサリアは思わず眉を嚬める。
「ちょっとメッツ、カーペットが汚れるじゃない。高かったんでしょう?」
「なぁに、買い換えるつもりでしたからな。問題ありません」
「そう。さて……ごきげんよう、ミスタークリューゲ。今回の訪問は随分と刺激的で、ワクワクしちゃったわ」
「いえ、サリア代表!これには深い訳がありまして!」
「どんな理由があればうちの倉庫に火を付けるのかしらね?人間の新しい作法だったりするの?随分と刺激的ね」
汚物を見るような目でクリューゲを見下ろすサリアは、心底不快そうに皮肉を口にする。
「お待ちを!これは手違いによるもの!決して『海狼の牙』に手を出そうとした訳ではないのです!この件は必ず賠償しますので、どうかお許しを!」
クリューゲはカーペットに頭を擦り付けながら懇願する。
「そちらの手違いって事かしら?まあ、補填さえしてくれるなら許してあげないこともないわよ」
「ありがとうございます!」
「メッツ、被害総額は?」
「やられた倉庫は二棟、中身は交易品ですな。となると、被害総額は恐ろしい額になりますなぁ」
「ああ、交易品だったわね。しかもあそこは確か……」
「『暁』の交易品も一緒に保管している共有倉庫です」
「それはっ!」
「なにか問題があるのかしら?」
ジロリと視線を向けるサリアに、クリューゲは頭を下げた。
「いえ、ございません」
「そう、それなら良かったわ。メッツ、被害の確認を急いでね」
「直ちに」
一礼するとメッツが退室して、沈黙が訪れる。その間クリューゲは部屋の隅に控える少年少女に視線を移す。
「代表、彼らは?」
「私の友人よ。別に同席させても問題ないわよね?真夜中なのに突然刺激的なアポを取ってきたのは貴方なのだから」
「しかし、これは組織間の話し合いで…」
「組織間?貴方個人ではなくエルダス・ファミリーとうちの話し合いだとでも言うのかしら?だとすると、対応を変えなきゃいけないわよ?この件をエルダスに問いただしても良いの?」
「そっそれは……」
露見すれば全てが終わる。後がないクリューゲはそれ以上何も言わなかった。
「所で、手違いと言ったわね。何が狙いだったのかしら?真夜中だから、武力行使よね?」
「はい。本来は隣の桟橋を目標としておりまして」
「隣……『暁』の?」
「はい、代表。あのような新参者が幅を利かせるなど代表としても看過できないのでは無いでしょうか?少しばかり彼等に礼儀を教えようと。手違いで代表の庭を荒らしてしまい申し訳ありません」
「狙いは『暁』だったのね?」
「その通りです。決して『海狼の牙』に手向かうわけではありません」
「そう……気が変わったわ。やっぱりこの件はエルダスに直接聞くことにする」
「なっ!?私個人の手違いです!ファミリーは関係ありません!」
慌てるクリューゲに冷ややかな視線を向けるサリア。
「貴方、知らないみたいね」
「と言いますと?」
「『暁』はうちと同盟関係にある組織なのよ。ボスであるシャーリィとは個人的にも友人関係なの」
「なっ!?なっ!?」
クリューゲが青ざめて驚くのも無理はない。『暁』と『海狼の牙』の協力関係は意図的に公表されておらず、『ターラン商会』など一部の例外を除いて知るものは居なかった。
「それに貴方、シャーリィを撃つように命じたらしいじゃない?調べは付いてるのよ。さて、友人に手を出した男を許すほど私は寛容じゃないの」
蔑むような視線を向けて冷たい声を聞かせる。
「そっそんなっ!」
「誰か!この御馬鹿さんを牢に連れていきなさい。それと、エルダス・ファミリーに書簡を出すから準備もお願い」
「へい!」
「オラッ!此方にこい!」
「お待ちを!代表!代表ーっ!」
男達に抱えられたクリューゲは、喚きながら部屋を連れ出されていく。
「ふぅ……疲れたわ」
「お疲れ様です、サリアさん」
シャーリィが笑顔で労う。
「こう言うのはあんまり得意じゃないのよね」
「ふふっ。ですが、これでエルダス・ファミリーに対して有利な状況を作れましたよ?」
「当然賠償はしてもらうわ。倉庫は空だけどね」
「燃えたから、それを知る人は少ないですよ」
燃やされた倉庫二棟は空である。これは前もってシャーリィが献策したことであり、見事に的中した形となる。
「見事な詐欺じゃない」
「先に手を出してきたのは彼方なので、文句は言えません。これでエルダス・ファミリーは『オータムリゾート』と『海狼の牙』に手を出して、頭脳派を失い多額の賠償を請求されて弱体化。サリアさんは後々の面倒を避けられて賠償を手に入れられますし、私は復讐が出来ました。みんな幸せです」
「確かにメリットはあるけれど、そこまで徹底的にやるとは誰も思わなかったでしょうね?」
「ふふふっ、私を撃つだけならまだしも、大切なものに手を出そうとしたしたんです。つまり、敵です。なら容赦は要らないし、生かしておく理由もない」
「サリアの姐さん、これがシャーリィなんだよ」
ルイスが肩を竦めながら話す。
「……本当に、貴女を敵に回したくは無いわね。敵対者には手打ちや妥協を許さないんだから。ますます興味深いわね、貴女」
サリアは溜め息を吐き、エルダス・ファミリー以上に面倒な存在に興味を強く抱くのであった。