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(佑里香先生とキスしてしまったッ……!!)
なにごともなかったかのように振る舞い、朝食を摂った後、自分に割り振った方の部屋に戻って自身の唇の感触を確かめてみた。さすがにキスの余韻はなかったが、それでも…。
ぁぁぁぁあああああーっと叫びだしてしまいそうになったのを、必死になんとか堪えたんだ!
幼いころから憧れ、焦がれ、触れたいと思っていた先生の肌に、唇に、ついに触れてしまった――……!
まるで禁忌を犯したかのようだ。神々しく触れてはいけないものに手を出してしまった――そんな感覚。初めてのキスに心拍数がえぐすぎる。もうおかしくなりそうだ。
時間をかけて深呼吸する。ああ…それでもまだ胸が痛く熱い。心が高揚している。まさか僕がほんとうに佑里香先生と結婚して、生活することができるなんて思わなかった。卑劣な手を使って先生を手に入れたけれども、こんなにうまくいくなんて。まるで夢のようだ。
(先生……。佑里香先生……)
あなたは知らない。僕がどれだけあなたを想っているのか。
幼いころから、僕はあなたの笑顔と優しさに救われてきた。小さくて汚くて、まるでゴミのように扱われてきた僕を、あなただけが助けてくれた。
あなたを想い始めて早13年。初めて会った日から、たぶん、僕はあなたに恋していた。
僕は佑里香先生のこと、1日も忘れたことはなかったよ。
『先生、僕と結婚して』とプロポーズの言葉を贈った僕のことなんか、先生はもう覚えていないだろうけれど――……
※
(おいしそう……いいなぁ……いいにおい……おなかすいた……)
あれは13年前のこと。
『大衆食堂・折り紙』と大きく書かれた看板を見上げた。居を転々とする僕が今住んでいるアパートの向かいの店は、ご飯時は常にお客で賑わっている繁盛店だった。昼間はパートのおばさんが、夕方からは店主の娘がはりきって働いていた。まだ中学生くらいのお姉さんなのに、彼女は楽しそうに常連客に愛想を振りまき、店内に誘導していた。
僕の家は初めから片親だった。父はおらず、頼れるはずの母親も家にいなくて、誰も帰ってこないからいつもひとり。暗い部屋で過ごしていた。スイッチを押しても電気が点かず、時々施設に保護されながら、でも家に戻されたり、そういうことを繰り返していた。まれに母親が帰ってきて菓子パンを4,5日分だけ置いて、僕の生存を確認するとすぐに消えてしまうような日々を過ごしていた。
僕はいつもひとりぼっちで、常に腹を減らしていた。
居を転々としながら、僕が小学生になったころ、この地へやってきた。今思うと夜逃げみたいなものだったと思う。そうしてやってきたのが、食堂の向かいの古いアパート。初めて、先生に会った地だ。
あまりにお腹がすきすぎて、気が付けば目の前の食堂に誘われるようにして立っていた。
『あれ、僕、ひとり?』
僕に気が付いたお姉さんが僕に声をかけてくれた。
『あ、あの……』
どうしよう。どうしたらいいのかわからない。
答えあぐねていると、お腹の虫がぐぅぅぅ――、と大きな音を立てて鳴った。
(恥ずかしい――!)
逃げ去ろうと思ったら、目の前のお姉さんはくすっとかわいく笑って、『お腹すいてるんだね?』って聞いてくれたので小さく頷いた。
『じゃあ、うちで食べて行ったらいいよ。ただし、余りもののまかない飯だけどね』
みすぼらしい僕を蔑(さげす)んだ目で見ることなく、彼女は僕を店の裏手の方に連れて行ってくれた。
裏口から入ると、折り紙の厨房側に回る形となった。通路には見たこともないような大きな鍋や調理器具が並んでいた。食材やその他、僕にはわからないものがいっぱい置いてある。入ってすぐに小さなテーブルが置いてあり、恐らく休憩が取れるような簡易スペースとして確保された空間があった。
『君、名前は?』
『あ、て、てんかわむつき……』
『むつきくん、ね。私は高梨佑里香(たかなしゆりか)。14歳よ。よろしく。むつきくんはいくつ?』
『7さい……』
『そっか。ちょっと痩せてるね。いっぱい食べなきゃいけないのに、ちゃんと食べてる?』
首を横に振って答えた。
『じゃ、お姉さんといっしょに食べよう』
にこっとかわいらしい笑顔を見せてくれた。
『えっと……』
『少し待っててね』
お姉さんはそう言うと厨房の方に行ってしまった。なにやらご飯を用意してくれるようだ。
僕はどうしてこんなところに座っているのだろう。
やっぱり逃げればよかったのかな。
お金も持っていないし。
じっとうつむいていると、お姉さんが戻ってきた。トレイの上においしそうな白いご飯と茶色いつゆに浸された魚、他にもよくわからない食べ物がのっていた。僕が保護された施設で食べた時のようなものや、学校の給食ともまた違っていた。
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