テラーノベル
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『どれが好きかわからないから、適当に持ってきたの。好きなの食べて』
『あ……あのでも、ぼく、おかね……』
『余りものだから、お金はいいよ』
『ほんとにいいの?』
『さ、食べよう』
白いご飯を出してくれた。他にもおかずとして、茶色い汁に浸った魚や揚げ物、海藻類となにかが混ざった物…僕は見たことないものばかりだった。お金のことは、勝手に商品を持って帰らないようにするためか、僕の担当になってくれた児童委員のおばさんが教えてくれたので、お金に関しての知識はある。
『おねえさん……あの……ぼく、おはし……うまくつえなくて……』
割りばしがあったが、まともな教育を受けていない僕は、未だにおはしがうまく使えない。
『そっか。ごめん、気が付かなくて』
しかしお姉さんは僕のためにスプーンやフォークを用意してくれた。『使いやすいものを使ってくれたらいいよ』
他人に施しを受けるのは初めてのことだった。お姉さんはどうして、僕みたいなやつに親切にしてくれるのだろう。
スプーンでご飯を食べ、フォークで揚げ物を刺して食べた。どっちも死ぬほど美味しかった。
『おいしい……』
空腹に加えてみすぼらしい状態で、初めて施しを受け、僕は不覚にもぽろっと涙をこぼしてしまった。うまく言えないけれど、とても温かいものをもらった気がした。
『むつき君、泣かないで。また、お腹が空いたら、うちにご飯食べに来たらいいよ』
『また……いいの?』
『もちろん!』
お姉さんは笑った。とても優しい笑顔で――……
最初は姉を慕うように。
しかしいつしかその家族愛のようなものは、すぐに恋愛に変わった。そうなるには、まったく時間がかからなかった。
最初は佑里香お姉ちゃんと呼んでいたが、勉強を教えてくれるようになったので、特別感を持たせたくて『佑里香先生』と呼ぶことにした。
お姉ちゃんと呼べば、僕は弟にしかなれないと思ったから。生徒と先生は恋愛対象になりえるし、家族とはまた違うと思ったから。
佑里香先生は、誰にも優しくされたことがなかった僕に、唯一、優しくしてくれた女性だった。
僕は先生のおかげで、おはしが上手に使えるようになった。
淋しくなくなった。
お腹が減ることもなくなった。
汚くなくなった。
感謝を覚えた。
最初はわからなかった宿題を丁寧に教えてくれた。
テストは0点に近い点数しか取れなかったのに、100点を取れるようになった。
『先生――! 見てっ、ほら、今日も100点だったよ!!』
『すごいね、睦月君っ!』
100点を取って見せたら、先生は褒めてくれた。嬉しくて勉強を頑張っていたら、クラスの誰にも成績で負けなくなった。
このころ、母親はどこかに消えてしまって、ほとんど帰ってこなくなったのだ。菓子パンすら置きに帰ってこなくなったので、僕も先生にお世話になりっぱなしだった。
今思えば、店のこともやって、僕の面倒まで見て、大変だったことだろう。でも、先生は僕を迷惑がらずに受け入れてくれて、彼女のお父さんも僕に優しくしてくれた。先生たちがいなかったら、僕はきっとダメになっていただろう。
高梨親子に、いつか恩返しをしたいといつも考えて生きるようになった。
このころの僕の悩みは、佑里香先生への恋心だった。小学校1年生の時から先生が好きで、好きで、好きで、しょうがなくて、でも、先生は僕からすれば7歳も年上の大人で。
年齢差がどうしても埋められなくて、もどかしい思いをしていた。
僕が小学校3年生の時だ。図工の時間で折り紙を使って花を作るという授業があった。その時クラスの女子が、好きな男子に花をもらってプロポーズされたい、といった感じのマセたことを言っていたのを聞いて、僕も早速実践しようと思い、せっせと折り紙の花を作った。手先は器用だったので、綺麗に作れたと思う。
(これを先生に差し出して、プロポーズするんだ……!)
ドキドキしながら学校から花を握りしめて帰った。
まだ先生は帰ってきていなかったから、僕は裏口で待っていた。すると、同級生と思われる男と一緒に先生は帰ってきた。なんとなく話しかけづらくて、一部始終を見ることになってしまった。男は背が高く爽やかで、多分学校でもモテるんだろうな、というような感じのヤツだった。僕よりはるかに大人で、先生の隣に並んでいてもまったく違和感がなかった。羨ましいと嫉妬で心が乱れた。笑顔を見せると、えくぼが特徴的だった。
『高梨さん、今日誕生日だよね。これ』
その男は、僕よりずっと豪華な花を佑里香先生にプレゼントしていた。一生懸命作ったけれども、小学生が作った折り紙の花よりも、本物の生花の方がずっと綺麗に思えた。
『わあ……水島(みずしま)君、ありがとう。でも、どうして?』
『音楽会で金賞獲れたのは、高梨さんのおかげじゃないか。お店に飾る用のお花だったら、誕生日のプレゼントと兼用で渡してもいいかなって……』
『そうなんだ。ありがとう! じゃ、お店の手伝いがあるから、またね』
『あ……うん、また』
水島君と呼ばれたその男はなにか言いたげだったが、先生が『お店の手伝いがあるから』と言ったせいで言葉を飲み込んだ。
この時、はっきりわかった。
水島君と呼ばれた彼は、僕と同じだったから。
佑里香先生に好意を寄せている、って――
やだ。
やめてよ!
僕の佑里香先生を盗らないで!!
神様。僕を今すぐ佑里香先生と釣り合うような男に成長させてください!
今すぐ、大人になりたいよ――
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