弁当を食べ終わり、駿が時計を確認すると、既に梓とつかさが部屋を出て行って2時間弱経過していた。
「まだそんな時間か・・・なんか妙に長く感じるな・・・」駿はため息をつく。
駿は胸にポッカリ穴が空いたような、喪失感を味わっていた。
「高校卒業して18で一人暮らしして6年間・・寂しいなんて思った事無かったのにな・・何でこんなにも寂しく感じるんだろ?」
駿は天井を見上げながら虚な表情で呟く。
「やっぱ俺って・・金森の事・・」
駿が呟いていると、再びインターフォンが鳴り響いた。
「え?また?金森のヤツ他にも何か注文してたのかな?」駿は不思議に思いながらも、財布を手にしてドアを上げる。
しかし、そこに居たのは宅配館の配達員ではなく、つかさだった。
「え?雛形先生?どうされたんですか?」
駿の問いかけにつかさは
「しょうがないじゃないですか・・金森さんがどうしてもって言うんですから・・」
「え?」駿はつかさの言葉の意味が全く分からずに聞き返そうとするが、それを遮るように
「やっ❤︎せーんせっ❤︎」梓が笑顔で割り込んでくる。
「え?か、金森?な、なんで?」駿は突然現れた梓に動揺する。
「あれー?なんか暗くな〜い?あ!あれだ!私が居なくなって落ち込んでたんでしょ!可愛いなぁ先生は❤︎」
梓は駿をからかうように両手の人差し指で駿のお腹を何度も突っつくと、笑顔で部屋の中へ入る。
「ひ、雛形先生?これは一体どういう事ですか?話が全く見えないんですけど・・・」
駿は目の前の状況を全く飲み込めていない。
「ですから・・まぁ、アレですよ!金森さんをよろしくお願いしますって事です」とうんざりした様子で言う。
「いや・・だってさっき・・・」
今のつかさは、先ほど言っていた事とはまるっきり逆の主張をしている。駿は尚の事頭が混乱する。
「この数時間のうちに何があったんですか?」
駿の問いかけにつかさが「金森さんが」と口を開くと
「あー!雛形先生!余計な事言わなくていいから!」と割り込む。
「わかってるわよ!」と最後まで言うのをやめる。
「まぁ、今回の事は目を瞑ります。ですがこれだけは約束してください!」
「約束?」駿は首を傾げる。
「絶対に外で2人きりで行動しない事!先ほど私が言ったように、警察に見られたりしたら、皆川先生、次は本当に警察に捕まってしまいますから!いいですね?」
「は、はい・・わかりました・・・」
駿は訳がわからず、とりあえずつかさとの約束に首を縦に振る。
「では、私は帰りますけど、ちょくちょく様子を見にきますからね?色々心配なんで」
つかさは駿をものすごい形相で睨む。
「い、色々ってなんですか?」
「色々は色々ですよ!皆川先生が金森さんに手を出してないかとか」
「し、しませんよ!!金森を匿ってるのに、そんな邪な思いはありません!」
駿は冷や汗をかきながら言い切る。
「まぁ、だといいですけどね。なら帰ります。金森さん?何があったらすぐに私に連絡するのよ?」
「はぁーい❤︎」梓は笑顔で手を振る。
「どれだけ信用ないんだよ・・」駿は心の中でそう呟きながら肩を落とす。
「では、失礼します」つかさが帰ろうとすると「あ!待ってください」と駿が止め「これを・・」と言って1万円札を手渡す。
「何ですか?このお金は?賄賂ですか?」とつかさは駿を蔑んだ目で見つめる。
「ち、違います!タクシー代ですよ!行ったり来たり、だいぶお金に使いましたよね?」
駿の問いかけにつかさは「まぁ、そうですけど・・・」と疑いの目で駿を見る。
「俺の責任なんで、よかったら受け取ってもらえませんか?」
「わ、わかりました・・ありがとうございます」
つかさは駿からお金を受け取り、その場から立ち去る。
タクシーで自宅に向かうつかさ。
「私ってつくづく甘いなぁ・・」と呟く。
時間は2時間前、梓がつかさの自宅にやってきた頃まで遡る。
「お風呂もうすぐ沸くからね?」
つかさが優しく語りかけるが梓はうつむいたまま、つかさに目を合わせない。
「あと、着替えが必要よね?私のでよかったら着ていいからね?まぁ、可愛い服とか持ってないから、気に入ってもらえるかはわからないけど」
つかさは梓の機嫌を取ろうと、率先して話しかけるが、梓は虚な表情のままうつむく。
「やっぱり・・嫌」梓は涙を流しながら呟く。
「え!?」「やっぱり私・・皆川先生と一緒にいたい!」梓は涙ながらにつかさに訴えかける。
「金森さん?言ったでしょ?アナタが皆川先生と一緒にいると」
「さっきも聞いたよ!それでも私は皆川先生と一緒に居たいの!先生が捕まるんなら私も一緒に捕まる!」
「何でそこまでして皆川先生と一緒に居たいの?」
つかさの問いかけに梓は
「一緒に居たい理由?そんなの決まってるでしょ?好きだからよ!皆川先生の事が好きで好きでたまらないからよ!それ以外に理由なんてない!」と泣き叫ぶ。
「好きって・・教師と生徒の恋愛なんて許される訳ないでしょ!だったらなおさらダメよ!」
つかさは梓の主張を突っぱねる。
「誰かに許してもらおうなんて思ってない!私はただ好きな人と一緒に居たいだけ!」
梓はキッチンに向かうまで走り出す。
「金森さん?何をするつもり!?」
つかさも梓に続いてキッチンへ向かう。
そこでつかさは衝撃の光景を目撃する。
梓は包丁を手にし、それを自らの首筋に当てていた。
「バカな真似はやめて!金森さん!」
「だったら私のお願い聞いてよ!私を皆川先生のところに連れて行って!でなきゃ私・・ココで死んでやるから!!」
梓の目から鬼気迫るものを感じたつかさは、それが梓の冗談などでは無い事が分かった。
絶対に死んでやる。そんな覚悟が梓の目からは伝わってきた。
「金森さん・・・」
「好きな人と1分1秒でも長く、一緒に居たいって私の気持ち・・同じ女の子の雛形先生なら分かってくれるでしょ?私は皆川先生と一緒に居たいの!」
そんな梓に観念したのか、つかは「わかったから・・だからそんな物は渡して!」と手を差し出す。
「本当に?嘘ついてない?嘘だったら私」
「嘘じゃないわ!約束する!皆川先生の所に連れてって上げるからそれを渡して?」
「わ、分かった・・し、信じる・・」
梓はつかさを信じ、包丁を手渡す。
包丁を受け取ったつかさは、包丁を棚に直すと梓を力強く抱きしめる。
「バカな事するんじゃないの!まったく!あんな事されたら断れないじゃ無い!」
つかさは梓を抱きしめて頭を何度も撫でる。
「こめんなさい・・・ぐすっ」梓は涙を流す。
「さぁ!そうと決まれば行くわよ!もうそのまま行けるわね?」
「うん❤︎」梓は涙を拭い、つかさと共にタクシーで駿の自宅アパートへ向かう。
自宅に帰り缶ビールを勢いよく飲むつかさ。
「教師と生徒の恋愛なんて許される訳ない!か・・・どの口が言ってんだろ・・ホント」
つかさは、ソファに座って天井を見つめる。
「私・・自分と金森さんを重ねて見てたのかな?」
つかさは高校生の頃に在籍していた、空手部の顧問をやっていた教師に恋をしていた。
自分の時間を犠牲にして、部のため生徒のために動いてくれている教師に、つかさは心を奪われていた。
しかし告白は出来なかった。教師と生徒との連絡は御法度だという気持ちも、もちろんあったが、拒絶されるのが怖かった。
教師として仕事をしていただけだ。子供は恋愛対象外だ。そんな事を言われて拒絶されるのが怖かった。
結局、思いを告げるこ事が出来ないまま、つかさは卒業してしまい、それ以来その教師とは会っていない。
しかし心の何処かでは、まだその教師の事を諦めきれていない自分もいた。
教職という道に進んだのも、もしかしたら再会できるかもしれないと言う淡い期待があったからだった。
その為、そんな過去の自分と同じように教師に恋をしている梓に共感したのかもしれない。
思いを告げれず、この歳になるまでそれを引きずっている自分と同じ轍を、梓に踏ませたくなかったのかもしれない。
「まぁ、皆川先生も手を出す気は無いって言うし・・・大丈夫かな」
つかさ飲み終えたビールの空き缶をゴミ箱に入れるが
「うー・・ん、やっぱり心配だし・・早速明日様子見に行ってみるか」
そう呟きながら寝室へと消えていく。
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