夕暮れ染まる王都。その街の石畳に黒くて長い影をゆらしながら歩く。その影は二つあって、一つは俺のなんかと比べ物にならないくらい大きかった。
「機嫌悪いな、ゼロ」
「機嫌悪いやつに、機嫌悪いというと、さらに機嫌が悪くなるぞ。主」
「機嫌悪い、機嫌悪い連呼すんなって。こんな夕方に連れまわして悪いと思ってるって」
「本当か?」
と、疑いの目を向けるゼロの瞳は、夕焼けに染まって、少し紫がかっていた。きれいなターコイズブルーの瞳も、他の色をうつすのか、なんて思いながら俺は目当ての場所を目指して歩いていた。
あれから、ポメ化は定期的に起こっていて、いざとなったとき、俺を守れる護衛がもう一人いいのではないかという話を老執事としていた。相変わらずクライゼル公爵は旅行に行ったままで、時々手紙はくるが、ただの近況報告だった。まあ、旅行先でいい取引をしているみたいで、順調みたいだ。
それで、護衛をもう一人雇うという話になったのだが、公爵家の騎士団から誰も手が挙がらなかったため、仕方なく違うところで護衛を探すことにした。給料はよくても、ゼロが俺に呪いをかけられたこともあって、これからは心を改めて! といっても同じように機嫌を損ねたら呪いをかけられるのではないかとおびえて誰も手を挙げなかったらしい。これも、自分が招いたことなので、仕方ないの一言で片づけて、次のことを考えた。
となると、やはり俺の悪評を知っている人間は金を積まれても護衛をやりたがらないというのが結論として出る。ならば、そういう文句をごちゃごちゃ言わない人間を雇えばいいのではないかと思った。例えば、奴隷とか、傭兵とか……
「俺だけで十分だろう。俺より腕の立つやつがいるとは思えない」
「めちゃくちゃ自信あるなゼロ。だけど、お前がポメ化して、そのとき俺が刺客に狙われたらどうする? ポメの姿じゃ、一介守っただけで、後はくったりと逝っちまうだろ?」
「……狙われる心配があるのが悪い」
「いやいや、俺は一応公爵子息だし……」
確かに、俺は敵が多いかもだけど。命を狙われるような悪いことしてきたけど、だからといって、狙われる俺が悪いなんて護衛のいうことかと思った。
俺を守るのがゼロの役割で、その役割を十分に全うできないからこのようなことになっているというのに。いや、でもそうなる原因を作ったのも俺だけど……
「とにかく! もう一人くらい護衛がいてもいいだろ。俺のお金だし、ゼロには関係ないじゃねえか」
「関係ある。だから、そいつが腕の立つやつかどうかは」
「はいはいはい! いいんだよ、別に。お前くらい強くなくとも、だいたい、お前の代わりというか、サブみたいなポジションだし。そんなに言うなら、俺を十分に守ってくれよ。ゼロ」
文句ばかり言われて、こっちもカチンときた。
俺が引き起こしたことだし、護衛をもう一人雇わなければならない状況になったのも俺。俺がぜーんぶ悪いんだから、それ以上は言わないでほしかった。そんなの自分がよくわかっているし、ゼロが頑固で自分が十分に守れていない、仕事を全うできていないといわれて怒る気持ちも十分わかってる。
けれど、もしものときのことを考えることは間違っていないだろう。
「……それで、どんな護衛を」
「お前が元傭兵だから、傭兵かなあーって考えたけど。戦闘面で役に立つなら獣人の傭兵かもって思って」
「獣人?」
「傭兵というか、奴隷に近いかもだけど。この国じゃ、奴隷は禁止されているが、獣人の扱いは奴隷に近いかもな。まあ、表向きに奴隷っていえないから、施設で雇っている傭兵みたいな形で。金さえ払えば買い取ることもできるって」
新しい護衛をと考えたとき、一番に思いついてしまったのはそれだった。俺が元悪役だからか、そういう自分にとって都合のいいものを考えてしまう脳になっているのだろう。
獣人の傭兵を護衛として雇うことにする。それが、一番いいと思ったのだ。
案の定、ゼロはそれを聞いて嫌そうな顔をしていた。自分も元傭兵だったから、獣人の扱いが傭兵とは名ばかりのものだと胸を痛めたのだろう。
「あと、ほら。お前がポメになるし、気持ちが分かる獣人のほうがいいかなーって思って」
「俺は動物じゃない。それに、獣人は扱いが難しいと聞く」
「だから、買い取る際に魔法で命令聞かせるような契約結ぶんだよ。まあ、それが奴隷っぽいよなーって感じで、最近はその業者自体が減っていっているって話で」
「主は相変わらず、そういう悪知恵が働くな。やっていることが悪人だ」
軽蔑の目を向けて、ゼロはそっぽを向く。
俺だって別に、この方法をとらなくてもいいならとりたくないし、悪人だって言われるのは嫌だった。元悪人と言ってほしい。公爵家の騎士で俺の護衛にと挙手してくれたらそれで済む話だったのだから。それほどまでに、俺の信用は戻り切っていないのが問題で。
はあ、とため息をつきながら、俺は角を曲がって路地裏に入る。生ごみが散乱し腐乱臭が立ち込め、足元にはネズミがちゅうちゅうと這う。王とも光と影がある。路地裏にはこういった治安の悪そうな、汚物が転がっている。だから、たまに暴漢が出没するのだ。
(夜になる前には帰らなきゃだな……)
夕方でも、決して安全とは言えない。バッドエンドがモブ姦といいつつも、物語から現在それているため、いつそういう強姦魔に会うかわからない。俺は常に周りを警戒しつつ慎重に行動しなければならないのだ。
「主、行き止まりだが? 道を間違えたんじゃないか?」
「いーや、ここであってる。まあ、見てろよ。ゼロ」
たどり着いたのは行き止まり。目の前には暗い色のレンガの壁がそびえたっている。
ゼロの疑り深い目に見つめられながら、俺は、レンガにひたりと手を当てる。すると、俺が手を当てたところから、レンガにひびが入っていく。俺が手を当てたところから線に沿って青い光広がり、数秒でレンガ全体に行き渡る。そうして、レンガはガコガコと音を立てて横にそれて道が現れる。いっすのんの先も見えない暗闇がそこに広がっており、そのレンガの扉の下に階段が続いている。
「行くぞ。ゼロ」
「危険じゃないか? そんな、よくわからないところ」
「わかるって。行ったことあるし。まあ、一人でも俺は行くけど」
「……っ! 一人でいかせるわけないだろう」
「んじゃ、ついてきてくれよ。ゼロ。俺の、護衛だろ?」
してやられた、という顔でゼロは舌打ちをした。
俺が階段を下っていけば、最初は警戒していたものの、俺を一人にできないと思ったのかついてくる。そういうところは、忠犬みたいで俺は好きだった。
階段を下りた先には市場のようなものが広がっていた。いわゆる闇市であり、下水が流れているためか、ちょっと臭いが、明かりはぽつぽつとついていて、地下にこんな空間があるのかと思うくらい広かった。薄暗くてよくわからないが、石煉瓦でつくられた店はどこか古めかしい雰囲気を醸し出している。
「ここ」
「……闇市か」
「だって、獣人の傭兵を買いに行くんだぜ? 普通の店なわけないだろう」
「そりゃ、そうだが。主、本当にアンタは」
「はいはい。俺は根っからの悪人ですよ~だが、ゼロ。一緒に来たってことは共犯だからな」
んははは、と俺が笑えば、ゼロも仕方ないなという顔で俺を見る。
そうして俺たちは、地下の闇市を歩き始めた。
獣人は人間よりも身体能力が高い。人間と違って魔法は使えないが、とにかく腕力だったり、身体能力が人間の二倍ほど高いのだ。剣術は苦手らしいが、その身体能力で岩をも砕く獣人がいるのだとか。実際に見るのは初めてだったが、闇市に来るのは久しぶりで、この邪悪な空間というか、人の黒い部分が見え隠れするこの空間は、自分に合っているような気がした。
改心するといっておきながら、こういう持っているノウハウというか、知識はフル活用しようと思ってしまうのだ。
ゼロは、そういうのが嫌らしいが。
「そういや、ゼロは傭兵歴何年なんだよ」
「……それは、答えなければならない質問か?」
「いや、俺が個人的に知りたいなって思っただけ。別に強制じゃない」
「…………十年以上はやっていた。家出したのは七歳くらいだったからな」
前は、答えてくれなかったのにゼロは自らそう過去を口にした。絶対に、前までだったら聞いても何も答えてくれなかっただろう。そう思ったら、少しは彼との距離が縮まったのかもしれないと嬉しくなった。
十年以上ということは、今が二十歳くらい……だし、きっと十三、十四年ほどは傭兵として生計を立てていたのだろう。しかし、彼が腕の立つ傭兵でなければ何年も続けるなんて無理なことで、途中で命を落としていたかもしれない。ゼロはそういう才能があったのだろうし、そしてなにくそと自分の人生を悲観することなく生きてきたのだろう。強くなければ生きていけないと、そうこいつは知っていたから。
「じゃあ、ほんと強いんだな」
「強いから、俺を雇ったんじゃないか。主は」
「まあ、そうだけど。お前に会ったそのとき、ビビットきて、その場のノリで……?」
「主はそういうやつだからな。だが、主の選択は間違っていなかったな。俺以上に腕の立つ傭兵は、俺の知る限りいなかった。だから、主は運がいい。俺は……」
――不幸だったかもしれないが、と自嘲気味にいうゼロを見て、全くそうだな、と返すことしかできなかった。
こいつが、呪いにかからなければ、俺が呪いをかけなければもっといい関係になれたかもしれない。それに、こいつが強いことを知っているのだから、いい護衛としてもっとその腕を磨けたかもしれない。でも、今のこいつは不完全だ。ストレスやちょっとしたことでポメになってしまう。
俺と出会ったことが不幸である、そういわれても俺はそうじゃない、これからいい未来があるかもしれないだろ、と道を示すことができなかった。
「だから言ってるだろ? 呪いが解けたら、好きにしろって。俺のもとから離れて自由にくらせって、退職金だってたくさん出してやる。金なら、いくらでも」
暗い顔をしたゼロに俺はそんな金という解決策と自由を提示することしかできなかった。
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