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洞窟のあちこちがひび割れを起こしていて、通れないほどではないが崩れている場所も多い。受験者たちの名簿がある以上、試験官を担っているゴールドランクの冒険者たちは救助にやってくるだろう。それまではゆっくり休めばいい、と座り込んだ。
いくらイーリスが怪我は深くないと言っても、やはり痛そうだった。
「それにしても、君は随分と腕が立つんだな。相手がブロンズランクとはいえ、複数人いたんだろう?」
「まあ、ボクは仕事を選り好みしてただけだからね」
へへん、と自慢げにする彼女に、ヒルデガルドはそれもそうかと深く頷く。そもそも魔導師としての素質は誰にでもあるわけではない。イーリスのように知識や経験が浅いだけで、魔力自体が通常の人間よりずっと多い場合、それは魔法を扱える実力にも繋がる。
ほとんどの人間が魔力をそれほど持たないので、同じランクといえども冒険者としては頭ひとつ分は抜きんでているのだ。相手による部分は多少あっても、彼女が一人だからといって油断すれば、どちらが地面に口づけをするかは明白だ。
「にしてもコボルトロードは本当に出たのかな」
「ん。ああ、さっき倒した奴のことか」
「……え、倒した? コボルトロードを?」
「はは、運が良かったな。私と位置が逆なら君は今頃エサだった」
ゾッとさせられた。ヒルデガルドは大したことのないように語るが、イーリスは途端に血の気が引く。出会っていれば逃げ道などなかったし、ましてや冒険者を装った盗賊までいたのだから、どうなっていたかは想像もしたくない。
探しにきた道中でも、何匹のピグラットを倒したか分からない。それだけで魔力は消耗するし、先に出会いでもしていたら……思わず身震いしそうになった。
「つまり、この洞窟はもうほとんど安全に?」
「怖いのは崩落くらいだな。だから私たちも帰って──」
「じゃあ最深部まで行けそうだね」
「……はは、冗談だろう? 君は怪我をしてるのに」
浅いとはいえ傷は傷。早めに治療を受けるべきだと言うヒルデガルドとは対照的に、イーリスはやる気に満ち溢れている。この機会を逃す手はない、と。
「あのね、ヒルデガルド。ボクは大丈夫だから行こうよ」
「なぜ。私の願いのために君が傷ついて良い理由なんてない」
「ううん、違う。これはボクのためでもあるんだ」
ふう、とひと息ついて壁にもたれかかり、イーリスは強い瞳を向けた。
「誰かの役に立ちたいと願うのは、ヒルデガルドだけじゃない。ボクは、その願いを後押ししたい。役に立ちたいんだ。このくらいの傷で足手まといなんかになるくらいなら、もっと先へ進みたい。それがボクの願いだから」
休憩も程々に、来た道を戻って最深部を目指そうとする力強い意志は、ヒルデガルドの言葉で止められるものではない。呆れた根性だと笑うしかなかった。その後ろ姿がどうしても過去の自分と重なってしまった。かつてのやる気に満ち溢れていた頃にそっくりだと肩をすくめた。
「分かったよ、私の負けだ。行こう、試験官が探しに来る前にな」
ペースはゆっくり、並んで歩く。血は止まっているとはいえ何があってまた流血するかは分からなかったし、イーリスの元気ぶりは見ていて安心できるほどだったが、やはり疲れは色濃く出ていた。ごつごつとした足場のは平らなようで不安定だ。体力を消耗させるのに十分なややこしい構造の洞窟を進むのは、それなりに時間がかかる。ときどき休みつつ、二人は最深部を目指した。
「そういえば、コボルトロードを討伐したって報告しないといけないけど、どうするの? あまり目立ちたくはないんだよね?」
「きちんと報告するよ。強くはあるが大した敵じゃない」
いくら危険な魔物といっても、シルバーランクが数名いれば問題なく倒せる相手だ。過去にヒルデガルドが遭遇した最強と思しきコボルトロードには程遠い。これから昇級試験でランクをあげるのだから、倒せても良かった。多少は称えられて話題にも上がるだろうが、せいぜい『腕の良い新人が現れた』くらいだ。
なにより、いくらか目立たない言い訳を彼女は持っている。
「二人で倒したと言えばいい。君も怪我をしているから多少の苦戦はあったと思ってもらえるだろうし、普通よりも少し強い個体ではあったが、死んでしまったら分からんはずだ」
「ならいっか。……あ、なんか光ってるよ」
イーリスの指差した通路の先は洞窟内とは思えないほど明るかった。小さな部屋のようになっていて、内部は水晶で覆われている。天井には発光源と思しき球体があり、二人共が強い魔力の波を肌に感じた。
「わあ……あれって魔水晶ってやつ?」
「だな。採掘すればかなりの金額になる、ツイてるな」
最深部のお宝。自然発生したらしい魔水晶を見つけて二人は顔を見合わせて喜んだ。滅多とみられる大きさではないため、目にするだけでも貴重だ。
「……おっと、だが採掘する前にひと仕事済ませようか」
「うん? ひと仕事っていったい──」
ヒルデガルドが口もとに指を立てて。
「身の程を弁えない頭の黒いネズミに、お仕置きするのが先だ」