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「じゃあ今日は、ミュージアムと透のテーマパークのショーについてだな」
ホーラ・ウォッチのイベントが無事に終わった翌日。
休む間もなく、アートプラネッツのオフィスではミーティングが行われていた。
ミュージアムのオープニングイベントは、12月15日。
例に漏れず、子ども達を招待したプレオープンの様子と、夜はレセプションパーティーが催される予定だった。
「大河のことだから、映像は既に完成してるだろ?ミュージアムショップの納品もほぼ完了。あとは内装のチェックだな。イベントの司会は、千秋さんと瞳子ちゃんの二人にお願いする。ってことでいいんだよね?瞳子ちゃん」
「はい、よろしくお願いいたします」
すると大河がじっとうつむいたまま、何かを思案し始める。
「どうした?大河」
「いや、うん…。その、本当にまた表舞台に立って平気か?噂の発端は、同じくミュージアムのレセプションパーティーだったし」
気遣うように大河に顔を覗き込まれて、瞳子は意外そうに首を傾げる。
「はい、もう大丈夫です。昨日のホーラ・ウォッチも無事に終えられましたし」
「それは、そうだが…」
大河は、昨日マスコミに追われていた事実は、瞳子には伝えていなかった。
なんとか未然に防げた為、インタビューされたり直接撮影されることはなかったが、もしかしてこの先また週刊誌に何か書かれるかもしれない。
用心して、司会は控えた方がいい、と言いたいところだが、そうすると昨日の事を話さなければならない。
瞳子を不安にさせたくないし、以前「くだらない噂話で大切な仕事を奪われたくない」と言い切った瞳子を応援したい。
(今回も、そばで見守るしかないか)
そう思っているうちに、いつの間にか話題は透が手掛けたクリスマスショーへと移っていた。
「今回のプロジェクションマッピングは、パークの中央広場にある噴水に投影するんだ。だから鮮明な映像や何かを具現化したものではなくて、カラフルな色の移り変わりとか、光の動きを音楽に合わせてある」
説明しながら透がオフィスのプロジェクターで投影した映像を皆で鑑賞する。
確かに色が変化したり、光が様々な形に目まぐるしく変わっていく映像は美しいが、瞳子は、どこかアートプラネッツらしくない気がした。
洋平や吾郎も同じように感じたらしく、そんな皆の様子に、透は、心得てますとばかりに説明を始める。
「これだけだと物足りないでしょ?実は今回のショー、花火とのコラボなんだ」
「え、花火ですか?」
「そう。知ってる?ファイヤーワークマンって会社。俺達みたいに若手の5人組の会社なんだけどね。コンマ1秒単位まで音楽とシンクロさせた花火のショーを手掛けてるんだ」
「あ、夏のイベントでニュースになってた気がします」
「そう。プロ野球や音楽の野外フェスなんかで取り入れられて、一気に注目を集めたんだ。今回依頼されたテーマパークも、最初はうちだけしか考えてなかったけど、最近になって彼らとうちをコラボでやったらどうかって考えたみたい。こっちが断ることも出来るけど、俺はやってみたいんだよね、このコラボ。どう?引き受けてもいい?」
透が皆を見渡す。
「ああ、いいんじゃないか?新たな試みだな」
「うん。どんな化学反応が起こるか見てみたいし」
「ほんと?良かった。大河はどう?」
最後に皆が大河を振り返る。
大河も大きく頷いてみせた。
「透に任せたんだ。透のやりたいようにやればいい。楽しみにしてる」
「サンキュ!大河」
透はにっこりと嬉しそうに笑った。
12月15日、いよいよアートプラネッツの新ミュージアム【六花〜雪の芸術〜】プレオープンの日がやってきた。
瞳子は朝から事務所で千秋と一緒に準備をしながら、早くもワクワクが止まらない。
「あー、楽しみ!大河さん、完成作を見せてくれなかったんですよね。だから私も見るのは今日が初めて。綺麗だろうなあ、雪の結晶!」
「ふふ、瞳子ったら。興奮し過ぎてセリフ飛ばないようにね」
「千秋さんがいてくれるから大丈夫!その時はお願いしますね」
やれやれと千秋は呆れたように笑った。
時間になり、二人は会場へと移動する。
今回は表参道にあるイベントホールを借りての開催だった。
「わあ、クリスマスムード満点ですね」
街は至るところにイルミネーションが飾られ、夜にライトアップされればさぞロマンチックな雰囲気だろうと、瞳子は胸を弾ませる。
「あら、会場も素敵な装飾ね。ホワイトクリスマスって感じで」
エントランスに足を踏み入れた千秋は、シャンパンゴールドとパールホワイトの二色使いでまとめられた内装をうっとりと見渡す。
「千秋さん、先に控え室に行っててください。私、少しだけ皆さんのお手伝いしてきます」
「はーい、行ってらっしゃい。アートプラネッツの瞳子さん」
千秋はおどけて、ヒラヒラと瞳子に手を振ってみせた。
「やあ、アリシア。メリークリスマス!」
イベントスペースに行くと、マイクやスピーカーのセッティングをしていた透が、瞳子に気づいて笑顔を向ける。
「透さんったら。今日はクリスマスパーティーじゃないですよ?」
そう言いつつも、瞳子もメリークリスマス!と笑顔で返す。
「クリスマスパーティーか。仕事が落ち着いたらやりたいよね」
「いいですね。でも、落ち着きますか?仕事」
「うぐっ、それだな。クリスマスイブもクリスマス当日も仕事だった」
あはは!と瞳子は明るく笑う。
「でもそれもいいか。君と一緒に過ごせるからね。俺のテーマパークのショーも手伝ってくれるんだろう?アリシア」
「はい、もちろんです」
「良かった。君に最高にロマンチックなひとときをプレゼントするよ。楽しみにしててね」
透がウインクしてみせると、ガシッと後ろから吾郎が透の首に腕を回した。
「おいおい。大事な勝負の日にナンパするとは余裕だな」
「当たり前だろ?大河が仕上げた映像だ。完璧に決まってる」
そう言うと吾郎の腕を外し、じゃあ、またあとでね!アリシア、と手を挙げて軽い足取りで去っていった。
「まったくもう…。あいつすっかりアメリカンキャラが板についてきたな。透じゃなくて、トニーって呼ぼうか」
吾郎のボヤキに瞳子も思わず吹き出す。
「確かに合ってるかも!トニー」
「いや、やめよう。ますますつけ上がりそうだからな。それより瞳子ちゃん、控え室にいなくていいの?」
「その前に、ミュージアムショップの様子と、ゲストにお配りするノベルティとクッキーの確認をしたくて」
「ええー?そんな、いいのに。瞳子ちゃんは今日は司会に専念してくれれば」
「ううん、私が気になるだけなんです。ちょっとだけ見てきますね」
瞳子は吾郎と別れて、エントランスの横のショップコーナーを覗いた。
「わあ、素敵!」
雪の結晶をモチーフにした商品が、綺麗にディスプレイされている。
全て瞳子が手配した物だったが、こうして店頭に並ぶとなんだか感慨深くなる。
「このネックレス、可愛いよね。彼におねだりしてみようかな」
「私もー。代わりにこのペアのマグカップは私がプレゼントしよう」
販売員の女の子達が、商品を並べながら楽しそうに話している。
(私もあとで爆買いしちゃおう!もう、ここからここまでって、セレブ買いよ。ぐふふっ)
瞳子は思わず不気味にほくそ笑む。
次は、ノベルティとアイシングクッキーの確認に、受付のテーブルに向かった。
ここでもスタッフの女の子達が、
「可愛いねー!このクッキー」
「私も欲しいなー」
と笑顔で準備をしていた。
(うん、想像以上の出来栄え。良かった)
早くゲストの反応が見たいなと、瞳子はウキウキしながら控え室へと歩き始めた。
「皆様、本日はアートプラネッツ 体験型ミュージアムの新作プレオープンイベントにようこそお越しくださいました」
いよいよイベントが始まった。
瞳子は千秋と並んでマイクを握る。
「今回のミュージアムのテーマは【六花〜雪の芸術〜】。天からの手紙とも言われる雪、1つとして同じものはないと言われる雪の結晶。アートプラネッツが手掛け、芸術へと昇華させた雪の世界を、どうぞ心ゆくまでお楽しみください」
多くのマスコミのカメラを前に、瞳子は臆することなく笑顔で語りかけた。
大河の挨拶とテープカットのあと、いよいよミュージアムはオープン。
子ども達が歓声を上げながら中へと入って行った。
「わあ、なんて綺麗…」
メインホールには氷のお城がそびえ立ち、その周りを彩るようにキラキラと雪の結晶が舞い落ちる。
そのスケールに瞳子は思わず息を呑んだ。
(素敵。まるで夢の国にいるみたい)
お城に近づくと、パーッと目の前の映像がお城の内部に変わった。
足を踏み入れるような感覚で、もう一歩前に歩み出る。
すると今度は、透明の螺旋階段が現れた。
階段を登るように視線を上げると、目に映る映像も天井へと変わっていく。
大きなクリスタルのシャンデリアに、瞳子はうっとりと両手を組んで見とれた。
繊細で美しく、圧倒される程綺麗な世界。
(本当に芸術的。感動で胸がいっぱいになる)
瞳子はいつまでも感嘆のため息をついていた。
隣の小ホールに行くと、細部まで忠実に再現された色々な形の雪の結晶が、あちこちに浮かんでいる。
その1つにそっと手をかざすと、詳しい説明文が現れた。
(あ、これって…)
それは瞳子が大河に渡した資料に書かれていたものだった。
(大河さん、採用してくれたんだ)
嬉しさにふふっと笑ってから、瞳子は1つ1つじっくり見て回った。
子ども達に人気のお絵描き投入エリアは、クリスマスのテーマで大きなツリーの映像だった。
皆、思い思いにプレゼントやサンタクロース、トナカイの絵を描いている。
このエリアは、クリスマスが終わると新年の富士山の映像に、そのあとはバレンタインデーに向けて、恋人達が愛のメッセージを投入出来るように様変わりする予定だった。
(みんなの笑顔が溢れて、幸せな空間だな。私、改めてアートプラネッツのミュージアムが大好き!)
瞳子は1人、幸せな気持ちで大河達の作り出す世界観に身を委ねていた。