ミュージアムのオープニングイベントは、無事に終了。
次は透が手掛けたテーマパークのクリスマスショーに向けて、忙しく準備をする。
その傍ら、大河はインターネットやテレビ、週刊誌をくまなくチェックしていた。
やはり瞳子がホーラ・ウォッチとミュージアムのイベントで司会をしていた時の写真が、いくつかのSNSに載せられていたが、そこまで大きな注目は集めていなかった。
(このまま事態は収束するかな)
そう期待することにして、大河も残された年内の仕事に集中する。
吾郎の企業CMコンテンツも、皆でアドバイスしながら納期までのカウントダウンで仕上げ作業に入った。
そして誰もが心待ちにしていたクリスマスイブ。
オフィスで最終確認をしてから、車2台に分かれてテーマパークへと出発した。
「ねえ、アリシア。明日の仕事が終わったら、オフィスでクリスマスパーティーしないかい?」
大河は右手でハンドルを握りながら、左肘で後部座席から身を乗り出してきた透をグイッと押し返す。
「お前、なんであっちの車に乗らないんだよ?」
「だってアリシアがいないからさ。ね、アリシア。いいでしょ?前に言ってたよね、クリスマスパーティーしたいって」
えっと…と、助手席の瞳子はあ視線を泳がせた。
「明日の仕事が終わったら、オフィスに戻るのは夜遅くになりますよね?そこからパーティーって、皆さんお疲れじゃないですか?」
「大丈夫だよ。デリバリー頼んで、打ち上げも兼ねて盛り上がろうよ。仮眠室もあるしさ。アリシアが寝ちゃったら俺がベッドまで運んであげるからね」
「バカ!何が運んであげるだよ」
と大河が突っ込むが、透は気にも留めずにまた瞳子の方に身を乗り出す。
「ね?いいでしょ、アリシア。俺、クリスマスショーの制作頑張ったから、ご褒美にさ」
「えっと、はい。そうですね」
何がご褒美だよ、という大河は無視して、透は瞳子の返事に大喜びする。
「やったー!決まりね。早速デリバリーの手配しよっと」
「おい、透!その前に今夜の仕事、ちゃんとしろよ?」
「分かってるって。任せなさーい」
「任せたのはパーティーのデリバリーじゃないからな!」
もはやそれには答えず、透はスマートフォンをせわしなく操作していた。
『洋平、そっちの準備はどう?』
インカムから透の声がする。
『準備OK。吾郎は?』
『こっちも大丈夫だ』
『よし。じゃあみんな一旦、噴水広場の前に集まって』
『了解』
瞳子と大河が待つ広場に、3人も戻ってきた。
日が傾き始めた夕刻。
広場の前には観客席が設けられ、テーマパークのスタッフが着々と準備を始めていた。
「えっと、正面はここだ。時間になったらパーク側が一斉に照明を落とす。パーク内に流れる音楽に、うちの映像とファイヤーワークマンの花火がコンピュータで既にリンクされている。音楽のスイッチを入れるだけで、あとは何もする必要はない。ただ、何かの不具合でリンクが切れた場合は、手動で映像を合わせて流す」
分かった、と皆は透の言葉に頷いた。
やがて完全に日が暮れ、パーク内のあちこちにクリスマスのイルミネーションが輝き出す。
(わあ、綺麗…)
瞳子が見とれていると、いつしか周りにはカップルの姿が多くなってきた。
スタッフジャンパーを着て、瞳子は客席へと誘導する。
それぞれ配置に着いたメンバー同士、インカムでのやり取りも増えてきた。
『透、客席が埋まって噴水の左右に人が溢れてきた。人はけした方がいいか?』
『そうだな。そこに立たれると客席からショーが見づらくなる。地面にテープでバミリしてあるから、その位置は避けてもらってくれ』
『了解』
聞こえてきた大河と透のやり取りに、瞳子も目印のテープを見ながら、立っている人に声をかけて場所を空けてもらう。
『本番5分前。各自、最終チェック頼む』
『洋平、噴水正面エリア、問題ない』
『吾郎、噴水右側OKだ』
『瞳子です。噴水左側も大丈夫です』
『よし。透、映像の方はどうだ?』
『良さそうだけど、スタートさせてみるまで分かんない』
『はは!ま、そりゃそうだな』
大河が軽く相槌を打ち、思わず瞳子も笑ってしまう。
何があっても大丈夫。
皆でフォローし合って乗り切れる。
不思議とそんな気持ちになった。
やがてパークに渋い男性の声でアナウンスが流れ、ショーの始まりを告げる。
客席のざわめきが消え、人々は止まったままの噴水に注目した。
透のカウントダウンがインカムから聞こえてきた。
『5秒前。4、3、2…スタート』
フッとパークの照明が消えて、辺りが真っ暗になった次の瞬間。
サーッと勢い良く噴水が上がり、それをスクリーンにして光が飛び交う映像が流れ始めた。
ダイナミックな音楽と輝く映像に、うわー!と客席にも笑顔が広がる。
そして溜めていたエネルギーが放たれるように、音楽と光が一気にパッと開放されたと思った刹那、空が急に明るくなった。
「わー、花火!」
人々が歓声を上げて空を見上げる。
赤や緑、そしてゴールドの花火が、まるで音楽に合わせて踊るかのように次々と花開いた。
(ひゃー、素敵!何これ!水と光と花火のコラボレーション。とっても綺麗)
瞳子は興奮しながらうっとりとショーに見とれる。
一気にたたみ掛けてから、音楽は少し静かなナンバーに変わった。
それに合わせて、映像も花火もしっとりとした雰囲気になる。
ロマンチックなムードに、カップルが肩を寄せて微笑み合う。
(はあ…、いいわ。聖なる夜にぴったり)
両手を胸の前で組んで、瞳子は優しく微笑む。
やがて音楽は再び盛り上がりを見せ、映像も花火もフィナーレを華々しく飾り、クリスマスイブのショーは幕を閉じた。
「綺麗だったー」
「うん、素敵だったね」
感想を言いながら立ち上がる人々を、瞳子は順路に沿って誘導する。
ようやく人の波が落ち着くと、それぞれポジションに着いていたメンバーも噴水前に戻って来た。
「お疲れー。どうだった?特に問題なかった?」
「ああ。透、映像なかなか良かったぞ」
「ほんと?やったね。あ、ちょっと待ってて」
ふと遠くに目をやって駆け出した透は、若い男性の5人組と何やら握手をしたり、笑顔で肩を叩き合っている。
(あ、もしかして花火会社の人なのかな?)
おそらくそうだろう。
透とショーの成功を喜び、労い合っているに違いない。
(花火も素晴らしかったな。あんなに音楽と一体化して打ち上げるなんて、どんな技術なんだろう)
そう思いながら客席の片付けをしていると、
ふいに後ろから声をかけられた。
「やあ、ひょっとして君がアリシアかな?」
え?と瞳子が振り返ると、先程透とガッチリ固い握手を交わしていた男性がにこやかに立っていた。
「君の話は散々透から聞いてるよ。君にゾッコンみたいだね。なるほど、確かに稀に見る美人だな。俺は|司《つかさ》だ。よろしく」
そう言って強引に瞳子の右手を握る。
爽やかな笑顔を浮かべているが、瞳子は直感的にこの男性に嫌悪感を持った。
「あ、初めまして。間宮と申します。よろしくお願いします」
そこで手を離そうとするが、司と名乗った男性は一向に手を緩めない。
「君、このあと時間ある?せっかくのクリスマスイブだ。どこか雰囲気のいいレストランにでも行かないか?」
「いえ、あの。仕事が残ってますから」
瞳子はなんとか手を解こうと、後ずさりながら答える。
離すまいとする男性の力が怖くなり、身体がすくんだ。
「こんなに綺麗な女性をクリスマスイブまで仕事させるなんて。いったいどういう連中なんだ?アートプラネッツは」
「こういう連中ですが、何か?」
「大河さん!」
スッと二人の間に身を滑らせた大河は、瞳子の手を握っていた男性の右手を強引に掴んだ。
「初めまして、アートプラネッツの冴島です。今回はうちのスタッフがお世話になりました」
そう言って握手するが、男性が顔をしかめたところを見ると、どうやら握手にしては力の入れ過ぎなのだろう。
瞳子は大河の背中に隠れながら、そっとその横顔を見上げる。
口元に笑みを浮かべているが、目元には青筋も浮かんでいた。
「今夜のショーは大成功でしたね。明日もまたよろしくお願いいたします。それでは」
ようやく手を離すと、大河は優雅にお辞儀をしてから踵を返す。
「帰るぞ」
「あ、はい」
瞳子は返事をすると、ピタリと大河のあとをついて行った。
翌日のショーは、準備から段取りも良く、気持ちにも余裕を持って臨めた。
夕べショーを観た人がSNSで話題にしたのもあり、観客の人数はぐっと増えていたが、瞳子は落ち着いて誘導に当たった。
大きなトラブルもなく終了し、ホッとしながら片付けに取り掛かる。
「アリシアー!このあとパーティーだからね。準備もバッチリだからね」
透はプロジェクターを片付けながら、ウキウキと瞳子に声をかける。
「透、お前今日の仕事はここからが本番なのか?」
「ある意味そうだね」
しれっと真顔で言う透に、吾郎はガックリとうなだれた。
「やれやれ。こんなソワソワした状態で、よくトラブルなく終えられたもんだよ」
確かに、何事もなくて良かった、と瞳子も苦笑いを浮かべた。
機材を台車に載せると、透は腕時計に目を落とす。
「今から帰ると、21時にはパーティー始められるね。楽しみー!デリバリーも豪華に頼んだから、期待しててね、アリシア」
「あはは…、はい」
二人でガラガラと台車を押し始めた時、透がふと足を止めた。
「あ、ちょっと待ってて。最後にパークの担当者とファイヤーワークマンの皆さんに挨拶してくる」
「分かりました」
透が、少し離れたところにいる5人組とパークのスタッフのところに駆けて行き、瞳子は人の邪魔にならないように少し台車を動かした。
通路沿いの壁に台車を寄せてストッパーをかけた時、やあ!と声がして顔を上げる。
夕べの、司と名乗った男性が、またしてもすぐ近くに来ていた。
「お疲れ様。無事に2日間終えられて良かったね」
「あ、はい。お疲れ様でした」
頭を下げながら、瞳子は少し後ろに下がる。
「そんなに警戒しないでよ。ただ挨拶しに来ただけなんだ。また一緒に仕事が出来るといいね」
「はい。機会がありましたら、よろしくお願いいたします」
すると男性は瞳子に名刺を差し出した。
あくまで仕事の話なのだからと、瞳子は手を伸ばして名刺を受け取る。
次の瞬間、男性は瞳子の手首を掴むとグイッと力任せに引き寄せた。
勢い余ってよろけた瞳子をすかさず抱きしめると、瞳子の左の頬にチュッと口づけた。
「なっ…!」
瞳子の全身に悪寒が走る。
「また会えるのを楽しみにしてる」
耳元で囁かれ、更なる嫌悪感に身体が一気にヒヤッと冷たくなる。
男性はクスッと瞳子に笑いかけてから身体を離し、足早に去って行った。
瞳子は思わずその場にしゃがみ込み、両手で身体を強く抱きしめる。
ガタガタと震えが止まらない。
蘇る恐怖に涙がこぼれそうになった時、どうした?!と大河が駆け寄って来た。
「大丈夫か?」
「…大河さん」
屈み込んで心配そうに顔を覗き込む大河の眼差しに、瞳子は気が緩んで涙を溢れさせる。
「何があった?!誰かに何かされたのか?」
真剣に聞かれるが、瞳子はただ首を振る。
思い出すのも、口にするのも嫌だった。
「大丈夫…です」
大きく息を吸って気持ちを落ち着かせると、ゆっくりと立ち上がる。
まだ心配そうに気遣う大河に、瞳子は懸命に笑顔を取り繕った。
「ではでは、本日もお疲れ様でした。メリークリスマース!」
パーティーハットをかぶった透が明るく声をかけ、皆もグラスを掲げる。
「はあー、山場も越したし最高に気分いいな。あとは吾郎の企業CMコンテンツを納品したら、年内の仕事は終了だな」
「ああ。やっとゆっくり出来るー!」
透と吾郎が嬉しそうに両手を挙げる。
だが、洋平が「年明けって、何の仕事入ってたっけ?」と言うと、二人はガックリと両手を下ろした。
「洋平。せめて今は忘れさせてくれー」
「そうだよ。来年の話なんて、気が早すぎるぞ?」
「来年って…。あと1週間後だぞ?」
「だーかーら!今は現実逃避させてくれ」
「そうだよ。しかもクリスマスだよ?」
やいやい言い合う3人に、大河がおもむろに口を開いた。
「年明けは仕事の量もそこまで多くない。ミュージアムも続行だし、依頼された案件も納期はゆとりがある。もう俺達4人で充分こなせる」
え…、と3人は真顔になる。
「俺達4人で?それって…。瞳子ちゃんは、もう?」
「ああ、手伝ってもらう必要はない」
「そんな!」
透が強い口調で身を乗り出す。
「手が足りてるから必要ないとか、そういう問題じゃないだろ?」
「じゃあどういう問題だ?」
「俺達には彼女の感性が必要なんだ。男だけの視点から一気に幅が広がったのは、大河だって認めるだろ?」
大河は黙って視線を落としている。
「おい、何とか言えよ!」
見かねた洋平が透を手で制した。
「落ち着け、透。そして大河。どうして瞳子ちゃんのこととなると、急に1人で何もかも決めつけるんだ?そもそも瞳子ちゃんの気持ちは聞いたのか?」
「そうだよ。瞳子ちゃんは?もうこの仕事から離れたいって思ってるの?」
それまで黙って話を聞いていた瞳子は、吾郎に返事を求められて戸惑う。
「それは、あの…」
「瞳子ちゃんが大河に話したの?この仕事辞めたいって」
「いえ、そんなことはないです」
「じゃあ、どうしてだよ?大河。説明してくれ」
皆の視線はまた大河に注がれる。
重苦しい表情で大河は口を開いた。
「知らず知らずのうちに、負担をかけていると思うからだ。俺達の知らないところでな」
「なんだよ、それ?意味分かんないよ!」
再び透が声を荒げる。
「あの、待ってください。透さん、お願いだから落ち着いて」
堪らず瞳子は口を挟んだ。
「えっと、私は忙しい年内のお手伝いを頼まれて、お引き受けしました。なので一旦区切りとして、ここから離れますね。もしまた何かお手伝いが必要な時はお声かけください。これからも出来る限りお力になれたらと思っています」
「瞳子ちゃん…」
「あ、ほら!せっかくのクリスマスパーティーで、お料理もこんなにたくさんあるんですから、食べましょう!ね?」
「…そうだな。今夜はとにかく楽しもう。分かったか?透」
洋平の言葉に、透は渋々頷いた。
「よし!じゃあ食べるか」
「私、取り分けますね。ケーキも冷蔵庫にありますから」
「おー!いいね」
瞳子はなるべく笑顔で皆を盛り上げる。
そんな瞳子の様子を、大河は思い詰めた表情で見守っていた。
「すみません、お疲れのところを送っていただいて」
「いや、構わない。俺のマンションもどうせこっち方面だから」
パーティーのあと、瞳子のマンションまで車で送っていくと、大河は路肩に駐車してエンジンを切る。
ハンドルに両手を載せてうつむいたあと、思い切ったように顔を上げて瞳子に尋ねた。
「もし嫌な気持ちを思い出させたらごめん。テーマパークで何があった?」
え…、と瞳子は言葉を失う。
「もしかして、夕べ君に話しかけていたあの男がまた何か?」
「ど、どうして」
「あいつが足早に去って行くのを見かけたんだ。来た方角を見ると、君がしゃがみ込んでいるのが見えた」
瞳子は黙って視線を落とした。
だが、真剣な大河の様子は変わらない。
じっと瞳子の言葉を待っている。
少し考えてから瞳子は頷いた。
「はい、そうです。あの男性にまた声をかけられました」
やっぱりか…と、大河は苦しそうに息を吐いた。
「ごめん、気づかなくて。守ってやれなくてごめん」
「いえ!大河さんが謝ることなんて、何も」
「いや、俺達の仕事に関わらなければ、嫌な思いをせずに済んだんだ。本当に申し訳ない」
頭を下げる大河に、瞳子は小さく首を振ってから口を開いた。
「大河さん。私の人生はこの先もずっとこうなんです」
「…え?」
思わぬ言葉に、大河は顔を上げる。
「私は誰かを好きになっても、恋愛することは出来ません。結婚も、子どもを持つことも、一生私には無理なんです」
「ど、どうしてそんな?」
「どんなに好きな相手でも、過去の恐怖が蘇ってしまうからです。私には、普通の女の子のような幸せは望めません」
「そんな!決めつけなくてもいいんじゃないか?」
いいえ、と瞳子は視線を落とす。
「私は誰ともおつき合いしません。それが唯一、相手を傷つけないで済む方法なんです。そして、私自身も傷つかずに済む。だから私はこの先も一生、恋愛は出来ないんです」
そう言うと瞳子は寂しそうに笑う。
儚げなその微笑みに胸が苦しくなり、大河は思わず手を伸ばして瞳子を抱きしめそうになる。
だがギュッと己の拳を強く握って堪えた。
「大河さん、色々とありがとうございました。お仕事、これからも身体に気をつけてがんばってくださいね」
瞳子はにっこり笑うとドアを開けて車を降りる。
大河は何も言えず、何も出来ずに瞳子の後ろ姿を見送っていた。
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