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4 菊池さんはトリガー
朝いちばん、菊池さんが神妙な顔で私たちのデスクに来た。
顔つきが険しい。嫌な予感。
「万城目君、ちょっと来てくれる?」
「はい」
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俺は憂鬱な気分で菊池さんの後をついて行った。
2人用の面談室、入ったとたんに彼女は切り出した。
「万城目君、ちょっと加減してもらえるかな?」
「何がですか?」
「新人向けの資料、相田さんだけってのはまずいんじゃないかなって」
「彼女には必要でしたが」
そのお陰で、見違えたじゃあないか。
自分の部下が負けたのが気に入らないのか?
「あの新まとめファイル、良かったら中川君と佐藤さんにも送ってくれないかな」
「はい、そうします」
「ここに呼んだのは、それだけじゃないの」
菊池さんは、野暮ったいボブの前髪から俺を見据えた。
前から思ってたけど、女芸人にそっくりなんだ…あの楽器みたいな名前の。なんだっけ。
「相田さんと万城目くん…見たのよ」
「…」
「私たちは、あくまで短期間のトレーナー。今できることを教育して、来年は独り立ちして違う部署に行く」
「わかってます」
「社内恋愛して揉め事になるケースって多いから、慎重になったほうがいい」
「恋愛なんかしてませんよ」
「ならいいけど」
菊池さんは少しホッとしていた。
「人間関係には気を付けて」
菊池さんは先に出て行った。
俺は小さな窓から青い空を見ていた。空は広いのにここは狭い。
人の心も狭い。
今までも、こうして俺が何か突出した事をすると、やっかんだり邪魔する奴が大勢いた…
「さて、どうするかな…」
気を付けてって言ってくれたから、心配してくれている?
それにしても、俺ときほちゃんの何を見たんだ?
「しばらく様子見するか」
俺は1人でゆっくりと足を組んだ。
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「菊池さんと万城目さん、どこ行ったんだろね」
「面談室じゃない?きほ、コーヒー飲む?」
私と中川君は屋上の休憩コーナーにいた。テラスになっていてガラスの壁。
コーヒーの販売機が無料で、いつも数人がここにいる。
雲一つない青空。
佐藤ちゃんが興奮気味に叫んだ。
「ねえ、こないだナオさんからやばい話、聞いたの」
「何々?」
中川君は男でも噂話が大好物。
「このビルで、離職感染が起きたんだって!」
「は?何それ、退職が拡がるって意味?」
「うそだ、ここって給料も福利厚生も良くて離職率2%くらいのはず」
佐藤ちゃんは奨学金支払い組。離職率と会社の口コミはチェックして就活していたらしく
こういう話題には敏感だ。
彼女は絶対にやめないだろう。
「それがー、去年から1人辞めると1年でその部署の7割が消えるって」
その部は仕事が成り立たなくなる。人を入れても使えるようになるまで半年以上はかかるだろう。
「理由は何なの?パワハラ?病気?」
「それが、理由がだれにもわからないんだって!怖くない?」
みな、沈黙。確かに不気味だ。
自分に降りかからないようにしたい。
話題変えよ。
「中川君、顔黒くなってきたね」
「会社まで走ってきてるから」
佐藤ちゃんと私はヒィーと叫んだ。
マッチョの体力、計り知れない。
中川君もずっと働きそう。
会社のくだらない噂話も楽しめるようになってきた。
何があってもこの3人なら笑いあえる。
できれば、定年まで一緒に働いていたい。
万城目さんとも…。
「きほ、そろそろ時間じゃない?もどろっか」
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新人3人と教育係の先輩社員が会議室に呼ばれ、集合していた。
「今後は、万城目君が作成した新しいファイルを参照して仕事に臨んでください!」
菊池さんが拍手した。
「万城目君に感謝!」
「わかりやすっ!俺も見直そう」
ナオさんまで感心していた。
万城目さんは謙虚に頭を下げている。
中川君が手を上げた。
「すみませーん、この標的型サイバー攻撃についての記述なんですけど」
万城目さんが答えているが、矛盾が生じたらしい。
「えっと…あれ、これってダブルシャッキングじゃなかったっけ?」
赤面して急いで確認している。
「それね、2024年の暴露型ランサムウエア攻撃に対する組織の対応ってタグがずれてる」
菊池さんが助け舟を出した。
法人対応の営業をする私たちは安全を保障する必要がある。
サイバーセキュリティの最新の状況は、正確に理解しなければならない。
「違う欄に表示されてるから、一旦外すね」
冷静にファイルの中身を修正する菊池さん。
「悪いね、ありがと」
万城目さんは、菊池さんに目くばせした。
「万城目くん、1人で頑張って大変だったでしょ?あとは私がやるわ」
その様子を見て、私は微笑ましくなった。協力し合う姿っていいな。
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その後、いくつかの修正を菊池さんが請け負い、改めて来週に新:教育プログラムとして全新入社員に配布されることになった。
「やっぱ、菊池さんレベチだね」
「入社試験は1番だったらしいよ。先月の主任試験でも1人だけ合格だって。内緒ね」
「へー、万城目さんは落ちたんだ?」
「万城目さん、頭はちょっと。努力型で人に好かれるタイプでしょ」
「結構、抜けてるよねー」
「菊池さんに比べたら頼りないかも。顔がいいからプラマイゼロ」
キャッと笑って、佐藤ちゃん、中川君はエレベーターを降りた。
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よく喋るわ。
エレベーターの後ろに、まだ俺が乗っていることも知らずに。
俺はそのまま上のボタンを押し、またオフィスに戻っていった。
俺は自分のPCを開けて、社員紹介のサイトを覗いた。
最近のブログ表示。
菊池 優子
「新人教育プログラムを画期的に刷新:最新情報を自動アップデート」
「本日リリースした新人教育プログラムです!万城目さんが手始めに改革を進めてくれました…」
思わず、苦笑した。
「人の仕事を横取りして、報告だけは早い早い」
菊池 優子の顔を拡大してみた。
顔だけ見たら、地味で大人しそうで、ずるい事なんか一切しなそうな人相だ。
率直に言えばブス。
菊池さんとの面談室でのやり取りを思い出す。
「相田さんと…」
俺ときほちゃんのこと見張ってるのか?ストーカー気質?
気持ち悪くて、あれから食欲減退だよ。このままじゃ貧血になる。
「社内恋愛の何が悪い」
画面の顔をペンでカンカンと叩いた。
「お前のような女が少子高齢化を促進してるんだよ」
こないだの出来事も耐えがたかった。
新人たちの前で、得意気に俺のミスを上げ連ねて攻撃してきた。
俺の自尊心を砕こうと狙っていた。
新人の中川の質問も仕込みに違いない。
あの2人は絶対に許せない。
「あとは私がやるわ」
菊池優子の、俺を見下した醜悪な顔。
「菊池さんレベチだね」
「入社試験は1番だったらしいよ。先月、主任試験でも1人だけ合格だって。内緒ね」
「へー、万城目さんは落ちたんだ?」
「万城目さん、頭はちょっと。努力型で人に好かれるタイプでしょ」
「結構、抜けてるよねー」
「菊池さんに比べたら頼りないかも。顔がいいからプラマイゼロ」
あのエレベーターでの会話が天からの啓示。
俺は決めた。
有害な社員は、会社の為にも排除する。
画面の菊池 優子の顔に付箋を貼った。
そこには赤い3文字が浮かんでいる。
「離職①」