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5 はじまり
それから数日後。
中川君が走り終え、会社のロッカールームで着替え、汗拭きシートで拭いていた。
「落ちたよ」
「あっ!ありがとうございます」
万城目が汗拭きシートを拾って手渡した。
「若いなー!朝から走ってるの凄いわ!」
「夜だと疲れちゃって…」
中川君はニコッと愛嬌を振りまいた。
「走ると、日頃のストレスもなくなりますし。リセットされますね」
万城目は興味のあるような顔をした。
「ストレス?」
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「いいんですか、ランチご馳走になっちゃって」
「いいよ、こんくらい。ランニングのフォーム教えてもらったし」
中川君と万城目は近くのカフェにいる。
「俺も週末は走ろうかな」
「いいっすねー俺も皇居ラン付き合いますよ」
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ラン仲間になった中川君と万城目は距離が近づいていた。
そのうち、中川君は仕事やプライベートな悩みまで打ち明けるようになっていた。
「きほちゃんが羨ましいときありますね…、万城目さん、穏やかで優しいじゃないですか」
「何で羨ましいの(笑)菊池さんは若手社員で一番有能だよ、そんな人が師匠なのはチャンスだ」
「いや…なんか求められてることが高すぎて、ついハイって言っちゃうんですけど、無理なんですよね」
「わかる、そういう時あるよな!」
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金曜日の夜、私と中川君、佐藤ちゃん、万城目さんの4人で飲みに行った。
3か月目の習熟テストでも1位だったので、ご褒美は近くの美味しいおでん屋さんに飲みにつれてってもらったのだ。
本当は2人が良かったのに、なぜか中川君と佐藤ちゃんまで…!
私は苛立って、割り箸を真っ二つに折ってしまった。
「どした?」
「別に。最近、中川君が、手が空くとしょっちゅううちのデスクに来るよね」
「ヤキモチ?」
中川君にからかわれて無言で大根を割った。
「2軒目、行く人―?」
酔った中川君と万城目さん、私と佐藤ちゃんで別れた。
「マッチョに万城目さん盗られちゃったね」
「そんなんじゃないし。こないだ、合コン行ったら連絡先聞かれまくってウザいし!」
万城目さんてば、こんなに美人な私を残してマッチョ取るなんてどういうつもり?
今だって、サラリーマン二人組がこっちを見ている。
特別に気合い入れて昨日は美容院とネイルに行ったのに…!
このうるうるの髪や瞳は、たった一人だけのため。
「でも、、万城目さん以上の人はいなかった?」
図星で口をつぐんだ。
「きほ、私とナオさんくらいドライになりな」
「なんで?」
「あと数か月でうちら巣立ちだもん」
「…」
あと数か月のうちに特別な存在になりたい。
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男たちは、肩を組んで近くのスポーツバーに行った。
メジャーリーグの観戦をして大勢の客とハイタッチ。
「ショーへー!!イエーーイ」
祭りのような騒ぎの後、2人は帰路に就いた。
新橋のコリドー街、大勢の会社員が歩いている。
中川君はぽつりと漏らした。
「僕、こんな風に楽しく過ごせたの初めてです…万城目さんありがとうございます!」
「こちらこそ、中川君といると楽しいよ」
「いつもつまらない愚痴聞いてもらって…おかげでストレス減ってきました」
「中川君、一生懸命だから」
2人のサラリーマンは拳と拳を突き合せた。
「中川君こんないい奴なのに…酷いよな…」
「酷いって、なんですか」
「あっ…うん、実は、言うつもりなかったけど。見てられない」
中川君が怪訝そうな顔をした。
「最近、暇な時間が多いだろ?それ、菊池さんが意図してやってるんだよ」
「独り立ちが近いんで、僕の裁量でやらせてもらってます」
「違うんだ。菊池さん、中川君にお手上げなんだって。どんだけ教えても無駄だから、教育係をやめたいって俺に言ってきたんだよ」
「え?」
「要するに、さじを投げられてるってこと。何か身に覚えある?」
中川君の純粋な瞳は、みるみる暗闇に変わった。
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翌週、オフィスで中川君は全く覇気が無かった。
佐藤ちゃんと私で屋上に誘うと、忙しいと断られた。
珍しい。何時も率先してお菓子を持ってくるのに。
「飲み過ぎたんじゃない?」
「金曜日でしょ?いま、もう水曜日だよ」
落ち込む中川君のいるデスクに、万城目がやってきた。菊池さんが居ないのを確認済。
「今朝は走ったの?」
「そんな気にならなくて。あの、俺、気になっちゃって。菊池さんが教育係やめるって」
中川君は小さな声で消えるように話している。
萎縮している姿はマッチョに似合わない。
「菊池さんに聞かないほうがいいよ。俺も極秘で言われたから」
「たしかに冷たいと言うか、それくらい自分でやれって…」
万城目は人差し指をおでこに当てて苦悩した。
「菊池さんに無責任だよな…頭がいい人って、他人が自分のレベルじゃないとすぐに切るから」
「え?切るって、どういう意味ですか」
「…」
「万城目さん!俺、何が駄目なのかわからないんです…助けてください…」
ギュッと拳を握りしめて、中川君は聞いてくる。
万城目はうっすら笑っている。
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朝礼後、菊池さんが万城目とすれ違った。
「おはよ!もうすぐ新人たち、技術部に出向研修ね」
「ああ、3日間おさらばですね。僕たちも溜まった仕事ができる」
軽く笑いあう。
万城目は手を上げた。
「技術研修のアレコレは、俺が新人に伝えとくから任せてくださーい!」
「いいの?ありがと。あの、最近さ…」
菊池さんがため息をついている。
「うちの中川君、急に滅茶苦茶メンタル落ちてんだけど、なんなんだろ…仲良いよね、知らない?」
万城目は、うーんと腕を組んで考える。
「彼、走るのが唯一のストレス発散みたいで、元気な奴ですよ。でも、アレコレ指示されるのがちょっと疲れるみたいですね。走るのも1人でできるから好きって言ってました」
菊池さんはうんうんと頷いた。
「なるほど!」
「何でも一人でやりたいって。菊池さんには感謝してるって言ってましたよ」
「そっか…わかった!さすが飲みにケーションの成果だね」
「何でも聞いてください」
「ありがとー」
菊池さんの後姿を見送りながら、万城目はほくそ笑む。
「よしよし」
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翌週、私、佐藤ちゃん、中川君の3人で京橋の技術部に3日間、新製品とネットワークの研修に向かう。
その下準備のために会議室に呼ばれた。
久々に同期で3日もいられるから嬉しい。
この頃、中川君と会ってない。自主的に残業して、ピリピリして近寄りがたい。
講師役のナオさんが始めようとするが、中川君が来ない。10分、20分。
ナオさんがオロオロして、呼びに行った。
今日は菊池さんは有休をとっているため、本人を探すしかない。
「遅れてすみません!」
やっと中川君が現れた。万城目さんが呼びに行ったらしく、フォローしている。
さすが、万城目さん気が利くわ。
技術研修の講義後、会議室で中川君はナオさんに注意された。
うなだれる中川君。
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その後、中川君と万城目は会議室で二人きりになった。
「菊池さん、技術研修は中川君には早いから呼ぶなって…君に知らせなかったんだな」
「え?僕だけ?」
ナオさんにも叱られ、菊池さんにも無視されたと知って2重にショックを受けている。
「だって聞いてないだろ?」
「スケジュールには入ってましたけど、今日の講義は知りませんでした…」
「菊池さんも知ってたはずだけどね…」
中川君は黙っている。
「はは‥俺にだけ連絡しないって事は要らないって事ですよ、、」