テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#すのあべ
「あ、ほら……もうすぐ降りる駅に着きそうだ。ケンジを起こさないと」
白々しく蓮に促され、理人はもどかしい熱を誤魔化すように平静を装った。隣で眠るケンジの肩を優しく揺り動かすと、彼は意外なほどあっさりと目を覚ました。
「あれ、僕、いつの間に寝ちゃってたの?」
「あぁ、ぐっすりだったから。起こすのは可哀想だと思ってそのままにしておいたんだ。今日はたくさん歩いたし、疲れたんだろ。……早起きして、美味い弁当まで作ってくれたんだから当然だよ」
自分の不自然な昂ぶりを悟られたくなくて、つい口が早くなってしまう。幸い、寝ぼけ眼のケンジは、理人の声がわずかに上ずっていることには気づいていないようだった。
「そっか、ありがとう。今日は本当に楽しかったなぁ」
預かっていた鞄を渡し、連れ立って電車を降りる。改札を抜けて駅の外へ出ると、空一面にはどす黒い雨雲が低く垂れ込めていた。 一刻も早くこの場を離れたいのに、大気が孕む湿り気は、今にも泣き出しそうな雨の気配を伝えてくる。
「理人くん、蓮くん。じゃあ、僕はここで。二人とも、またね!」
ケンジがブンブンと元気に手を振りながら駆けていくのを見送って、理人はようやく溜まっていた息を吐き出した。 良かった、なんとかバレずに済んだ。あとは――。
「さてと、俺も帰るわ。雨、降りそうだしな」
「えっ?」
予想外の言葉に、間の抜けた声が漏れた。
(だって、今の流れなら普通は……っ)
呆然とする理人の顔を、蓮は「何か問題でも?」とでも言いたげな無関心な表情で覗き込んでくる。
「なに? 俺に帰ってほしくなかったのか?」
「ち、ちがっ……そういうわけじゃ……」
「ふーん」
蓮の瞳が妖しく光った。その愉しげな光に、最悪な予感が背筋を走る。
「ま、今日は疲れたし。早く帰って寝ようぜ」
蓮はあっさりと踵を返し、理人の前を歩き出した。 なんだ、一体どういうつもりだ。まさか、これで終わりなのか? 昼間から何度も中途半端に煽られ、電車内でギリギリまで昂らされた熱が、行き場をなくして身体の奥で燻っている。 熱い。苦しい。このまま帰るなんて、できるはずがない。
理人はゴクリと乾いた喉を鳴らすと、意を決して蓮のシャツの裾を掴んだ。 ぴたり、と彼の足が止まる。
「……なんだ?」
「……っ、こんな状態で……置いていくなよ」
羞恥心で発狂しそうになるのを必死に堪え、震える声で訴える。
「……何をして欲しいんだ?」
「わかってるくせに……意地悪を言うな」
「お前の口から聞きたいんだよ」
蓮は振り向くと、理人の顎を強く掴んで、強引に視線を合わせさせた。
「どうしてほしい? ちゃんと言えたら、望みを叶えてやってもいいぜ」
「っ……」
「なぁ、言えよ」
耳元で密やかに囁かれ、ぞくりと背筋に甘い痺れが走る。視界の端には、駅裏に並ぶホテルの淫らな看板が明滅していた。
「……っ……て、ほしい」
「聞こえない」
「……い、かせて、ほしい……っ」
「どこへ?」
「っ、わかってるくせに! この性悪っ!」
カッとなって怒鳴れば、蓮は満足そうに口角を釣り上げた。
「わからないなぁ。僕、お前と違って馬鹿だからさ。……教えてくれよ。僕は、お前のどこをどうすればいいんだ?」
「っ、そんなの……っ」
言えるわけがない。口にした瞬間に、自分が自分でなくなってしまいそうで恐ろしい。
「言わないなら帰るぞ。ほら、雨が降ってきた」
言い淀む理人にしびれを切らしたように、蓮はわざとらしく溜息をついて再び歩き始める。咄嗟に、理人はその肩を掴んで引き止めていた。
「蓮っ!」
掴んだ手に力が籠もる。蓮は足を止め、ゆっくりと、獲物を追い詰めた猛獣のような瞳で振り返った。 もう、一歩も動けない。家までなんて、とても我慢できそうになかった。
「……っ……お前が……した、から……っ」
決死の思いで絞り出した言葉は、羽虫の音ほどに小さかった。それでも、理人の頭の中では、それはどんな叫びよりも大きく響き渡っている。
「だから何? 聞こえないってば」
顔を覗き込まれ、心臓が爆ぜそうなほど跳ねる。
「……お、前が……っ、触るから……っ」
「……僕が、何?」
「~っ! 蓮がしつこく弄るからっ! 我慢できなくなったんだよ……ッ!」
半ば自棄になって叫ぶと同時に、大粒の雨が地面を叩き始めた。 次の瞬間、蓮の長い腕が理人を強引に引き寄せ、壊さんばかりの力で抱きしめた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!