テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
幼い頃から甘いものが大好きで、和菓子か洋菓子かと聞かれたら、私は迷わず『洋菓子』と答えるだろう。
それというのも私の両親はパティシエで、いつも洋菓子を作ってくれていたから洋菓子が大好きなのだ。
そんな両親は、互いに別の洋菓子店で培った力を生かし、私が中学入学と共に【Patisserie KURUSU】という看板を掲げて夢だった店を開いた。
それからは私の憩いの場もこのお店【Patisserie KURUSU】で、自宅に居るよりもお店に居る方が大好きだった。
それなのに、最近ではお店に居るのことが少し辛くなっていた。
ケーキやクッキーたちが焼ける甘い匂いが、こんなにも切ないものに感じる日がくるとは思わなかった。
オーブンの中でふくらむスポンジを見つめながら、私大きなはため息を吐いた。
「……はぁ、今日もお客さんはゼロかぁ」
街はイルミネーションが光り輝いていて、人々もどこか浮き足立つこの季節。
店内にもクリスマスソングが流れているのに、私の心はどんどん沈んでいくばかり。
ショーケースの中のケーキたちはどれも光り輝いているのに、それを買いに来てくれる人は誰もいない。
「侑那、あなた、忙しいのにわざわざここへ来てくれなくていいのよ?」
「そうだぞ、手伝いに来てくれても、することも無いんだから」
「そんなこと言わないでよ。私、バイトの時間まで勿体ないからSNSに投稿したり、ホームページのブログ更新して来るよ!」
「あ、侑那!」
お店に居てもすることが無く、両親からここへは来なくても良いと言われてしまった私は居ても立っても居られなくて、集客アップを図る為に一旦自宅へ戻ることにした。
私、来栖 侑那は高校卒業後大学へは進学せず、実家のお店を本格的に手伝うことに。
オープンからずっと、お客様もそれなりに来てくれていたし、常連さんだって出来ていたから経営的にも安定していたし、従業員だって何人かいて人手は欲しい状況だったから、私は手伝うことが出来て嬉しかった。
手伝いながら月日は流れていき、二十歳になって周りが少しずつ就職について考えているという話を聞く機会が増える中、私はどうしようかと考えていた矢先、うちのお店のすぐ近くに有名なケーキ屋さんが移転して来たことで、客足が一気に遠のいてしまう。
初めこそそこまで影響はなかったけれど、近年加速する物価高で原材料も高騰していること、もう半年近くもろくにお客さんが来ないことで纏まった収入が得られず、作ったケーキや焼き菓子たちは無駄になり、とにかくマイナス収支が続いていた。
これでは店を続けられないどころか生活することすらままならないので、父や母は交代で週に何日か、私は週四日程、知り合いがオーナーをしているコンビニでバイトを始めて何とか収入を得ているものの、日が経つごとに店を閉めるより他無い状態に追い込まれつつあった。
こんな状況に両親はもう諦めていて、「そろそろ店を畳もうか」と言い始めている始末。
だけど、私は諦められなかった。
両親が作るお菓子たちは本当に美味しくて、私は初めて食べたショートケーキの味が、今でも胸に残っている。
食べた瞬間の甘さと温かさを、みんなにも知ってもらいたい。
少しでも多くの人に両親が作ったお菓子たちを届けたい。
「だから、絶対諦めない!」
自分に言い聞かせるように呟いて、両手で頬を叩いて喝を入れた私は自宅へ戻るとすぐに自室のPCを開くと、集客の為の宣伝方法を探ったり、SNSに投稿したりと、夜のコンビニバイトまでの時間を余すこと無く使っていった。
その日の夜、早めにバイト先のコンビニに着いた私は開始時間までまだ少し余裕があるので、事務室でパンをかじりながらスマホで高収入のバイトの求人情報を漁っていると、一つ、物凄く惹かれる案件が目に入る。
(住み込みの家政婦……この住所の上澤家……って、もしかしてあの、上澤のこと、かな?)
私が注目したのは住み込み家政婦で月収額は60万に頑張り次第では上乗せも有りという普通のバイトじゃ考えられない金額だった。
(未経験歓迎、年齢は二十歳~二十五歳、上澤家子息の身の回りのお世話が中心……つまりは専属ってことか)
上澤と言えば、この辺りは勿論、国内で知らない者は居ない。
上澤ホールディングス。
数々の業種に手を出すも次々と成功を納め、今では国内に有数の会社を所有する大企業グループだ。
そんな財閥の住み込み家政婦となれば、確かに金額も高くて当然だろうけど、どうだろう。
申し込み期限を見ると、残り一週間。
面接に来る際は無職の状態が好ましいと書いてある。
(無職って……今働いてる所を辞めてから面接をしろってこと? もし採用されなかったら、どうしよう……)
必ず採用される訳じゃないだろうに、働き口を切ってから面接に臨むというのはリスクが有るけれど、受かればひとまず一家が暮らすには十分な金額を貰えるし、住み込みならば自分の分の食費が浮くので今以上に両親に楽をさせてあげられる訳で、私はなかなかその求人募集から目が離せなかった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!