コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
【月&ミサ】
「ねぇ月!やろうよ金魚すくいっ!」
人混みの間を縫うように歩いていた月の袖を、ミサが元気よく引っぱる。
屋台の赤いちょうちんの下、水面に小さな金魚たちが泳いでいた。
「……あれって、意外と難しいんだぞ」
「だからこそミサの腕の見せ所じゃんっ」
張り切るミサに苦笑しながらも、月は金魚すくい屋台の前で立ち止まった。
二人分の料金を出し、渡されたポイを手に取る。
「よーし……じゃあミサ、いくよ〜っ」
ぴしゃ、と水音がして──案の定、紙がすぐ破けた。
「ああーっ!?うそ、早っ!?」
「だから言ったろ。思ったより難しいんだ」
悔しがるミサの横で、月はすっと金魚を狙って静かに腕を動かす。
金魚の進路を読み、水に触れる寸前でひと呼吸置いて──
「……ほら」
月のポイには、小さな赤い金魚が一匹、ちょこんと乗っていた。
「えっ!?うそでしょ!?なんでそんなに上手いの!?」
「昔、粧裕に付き合わされたことがあってね。コツは焦らず、相手の動きを読むこと」
「ぐぬぬ……」
悔しがりながらも、ミサは二枚目のポイを握る。
「……見ててよ!次こそ取って、ミサの実力を証明してやるんだから!」
金魚を追いかけて水面を覗き込むミサ。
月はその横顔をちらりと見て、そっと笑った。
──彼女は本当に、楽しそうだ。
さっき泣きそうになってたのが嘘みたいに。
そして、ミサが三度目の挑戦でようやく一匹すくえた──
「月!見て見て!ほらぁっ!」
嬉しそうに金魚袋を突き出してくるその姿は、子供のように眩しかった。
「おめでとう、ミサ」
「えへへ〜!やったーっ!……ね、月の金魚とミサの金魚、隣にしてもいい?」
「……そうだな。ひとりじゃ寂しそうだし、一緒の袋にしておくか」
ふたりの金魚は、袋の中でくるりと泳いだ。
寄り添うように、離れたり、また近づいたり。
「ふふっ、なんかミサ達みたいだね」
「そうか?どっちかというと、ミサが追いかけてる側に見えるけど」
「じゃあ、ずーっと追いかけちゃう!」
ぎゅっと腕にしがみついた温度はいつもより熱くて。
触れたところから、夏の温度が染み込んでくるようだった。
「……あんまりくっつくな。暑い」
そう言いながらも、月は腕を振りほどかない。
むしろその歩幅は、ミサに合わせてゆっくりになっていた。
──そんな無邪気な言葉に、月はまた、苦笑いを浮かべた。
「だって、祭りって、こういうものでしょ?」
ミサが無邪気に笑う。
屋台の灯りが、彼女の横顔を赤く染めていた。
「こうやって……好きな人と一緒に歩いて、金魚すくって、手つないで、夜が終わるまでずっと笑って……そういうのが……夢みたいで、いいんだよ」
月は黙って、隣を歩くミサを見た。
どれだけ演技が得意でも、今の彼女は、何の裏もなく本当に嬉しそうで──この笑顔を、自分はどこかで裏切ったことがあるんじゃないか。そんな確信のような罪悪感が、胸の奥を静かに叩いた。
「……ミサ」
「ん?」
「──いつも僕の隣に居てくれてありがとう」
一瞬、ミサの足が止まった。
屋台のざわめきも、遠くの花火の音も、そのときだけふっと遠ざかったように感じた。
「……え、なに……」
ミサの声が揺れていた。
月の横顔を覗き込むように見上げながら、目をぱちぱちと瞬かせる。
「月、今……ちゃんと“ありがとう”って言ってくれたの?」
「ああ」
返事は短くて、でも、たしかに優しかった。
「ふふ……なぁにそれ……不意打ちすぎるよ……」
ミサは照れ隠しのように笑って、でもその目元はほんのり潤んでいた。
泣きたくなるほど嬉しいのは、たぶんバカみたいに月のことが好きだからだ。
「ねぇ、月」
「ん?」
「これからも、隣にいていい?」
「……まあ、もちろん」
──それが、いつかすべて思い出してしまう日が来ても。
それでも今は、迷わずにそう言えた。
ミサはそっと月の肩に頭をもたせて、小さな声でつぶやいた。
「……だいすき」
もうすぐ終わる夏の夜に、ふたりだけの時間が閉じこめられていくようだった──