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 【粧裕&マット&メロ】

 

 「はぁ~~~~~~~~……」

 粧裕は、金魚すくいの横にある屋台で深いため息をついた。

 兄こと月とミサはあっちの屋台で楽しげに笑い合っていている。二人の間に入るのも忍びなく、気をつかって少し後ろを歩いていた。けれど気がつけば月の歩幅はどんどん速くなり、ミサは完全に“恋人モード”。

 「これはさすがに入り込めないな」と遠慮していたら──結果、突き放されてしまった。

 「ちょっとくらい気づいて振り返ってくれても良くない?お兄ちゃん……」

 粧裕が迷子になったらお兄ちゃんが怒られるんだからね。なんてボヤキながら、隣の屋台でかき氷を買った。すると──

 「あれ!粧裕ちゃん発見」

 聞き覚えのある軽口が耳元に届く。

 振り向けば、マットとメロがお揃いのチョコバナナを持ち、気だるげな顔で立っていた。

 「マットさんと……メロさん」

 「あれ?お兄さんと一緒じゃないの?」

 「……ああ、ちょっと今、入りずらくて」

 そう言って親指であのカップルを指した。

 金魚すくいでキャッキャッと笑い合う月とミサ。明らかに“ふたりだけの世界”全開の空気を前に、妹が入り込める余地はなかった。

 「兄妹仲ってやつも案外ドライだな」

 冷めた目で月を見るメロに苦笑いしか出来ない粧裕。

 「でも放置された妹ちゃんがひとりで金魚すくい眺めてるのも、それはそれで不憫だよな」

 「……ふ、不憫って言わないでください」

 「しょうがないなあ、メロ、じゃあ俺らがデートしてやるか」

 「結構です!!!!」

 粧裕の即答に、マットが肩を揺らして笑う。

 「ははは、俺たちフラれちゃったー」

 「はははじゃないだろ、さっさとLを探すぞ」

 メロが面倒くさそうに言って、くるりと背を向ける。

 ──が、マットはその場にとどまったままだ。

 「……で、粧裕ちゃん。花火始まったら一緒に見る?」

 「え?」

 「あいつと見ても多分面白くないし」

 と言って指さしたのはメロ。

 「あ!?!?」

 ぴくり、と後ろで聞いていたメロの眉が跳ねた。

 しかしマットはまったく悪びれる様子もなく、チョコバナナをくるくる回しながら平然と続ける。

 「冗談だってー。ね?粧裕ちゃん」

 「いや、振り返って同意求めないでください!」

 「でもまぁ、メロって花火見てる時も多分機嫌悪そうだし、“へぇ、火薬の化学反応だな”とか言い出しそうじゃない?」

 「言わねーよ!!」

 メロがツッコミ気味に声を上げたが、マットは涼しい顔でチョコバナナをかじる。

 「ていうかさ、粧裕ちゃん」

 「……はい?」

 「俺たち同い年でしょ?敬語じゃなくていいよ、なんか変な距離感じるし」

 「え……いや、でも、ほら、ふたりとも“ワイミーズのなんか凄く頭の良い人達”って聞いてますし……わたし一般人ですし……」

 「俺たちだって一般人だよ。なあ?」

 「……一般人、か?」

 マットは器用に肩をすくめながら笑った。

 「だから、“マット”って呼んでみてよ。ほら、マットくん、でもいいから」

 「え、や……やです、なんか……恥ずかしいし……!」

 「ほら〜照れてる〜」

 「照れてませんっ!!」

 ニヤニヤしながら絡んでくるマットを、粧裕はうちわでぺしぺし叩いて抵抗する。

 だが、あまりにも軽くて、まるでじゃれ合いのようだった。

 メロがあきれたようにため息を吐く。

 そのタイミングで、マットがさらっと言い出した。

 「メロも同い年だからさ、呼び捨てでいいよ」

 「なんでお前が決めてんだよ」

 「俺だからいいの」

 「はあ??」

 「ほら、メロって呼んでやってよ」

 しかし、まだ言いづらいのか、口をもごもごとしている粧裕。やはり、あのチャラい見た目二人に呼び捨てタメ口というのは気が引けるようだ。

 「じゃあ、粧裕ちゃんもワイミーズ一家ってことで!」

 「ええ!?」

 「はあ!?」

 「今日から俺たち三人チームにしよう」

 「いやいやいや!私は違いますから!夜神家ですから!」

 「ええ、そこもフラれるのかよ。ちっとは肩の荷が下りるかな〜って思ったんだけどな」

 「下りません。むしろ重いです」

 「あはは、だよね、分かるよ」

 マットは笑って言うけれど、その声にはどこかひっかかる響きがあった。

 「……どういう意味ですか?」

 粧裕が思わず問い返すと、マットは視線を上げず、手元の棒をくるくると転がしながら答えた。

 「いや、別に。……メロとかといるといろいろ張りつめるじゃん。こいつ、Lがどうこうって真面目モード入るしさ。でも粧裕ちゃんが間にいると、ちょっとだけ楽になるっていうか。……まあ、それだけ」

 「…………」

 思いがけない“素”に、粧裕は言葉を詰まらせた。

 横で聞いていたメロが、気まずそうに口を挟む。

 「おい、そういう言い方すんなよ。俺が空気読めねーみたいだろ」

 「読めてないよ、メロは」

 「お前……ほんとになぁ」

 呆れたように吐き捨てるメロ。

 でも、口調ほど怒ってはないのが分かる。

 その空気が、ちょうど心地よくて粧裕の心が解けた時──後ろから、やけに軽い声が響いた。

 「あれ〜?粧裕じゃね?」

 振り返ると、同じ学校の顔見知り。ちょっとチャラめの男子グループが五人。

 浴衣に派手なサンダル、祭りのテンションで話しかけられると尚更きつい。

 「可愛い浴衣着てんじゃん。髪型すっげぇ好み」

 「おーい、一緒に屋台回ろうぜ?粧裕ちゃん今一人?」

 「いえ、今は──」

 「いいじゃんいいじゃん、俺らと回ろ!ついでにチョコバナナ奢るからさ」

 「ほんとに無理です。今、用事が──」

 「あれ?そこにいるのは?あっ、超頭良いって噂のお兄ちゃん?」

 「ちっ違うよ!もう構わないでって」

 マットとメロを見て、無神経に笑う男たち。

 粧裕ははっきり拒絶の意志を示しているのに、彼らは聞く耳を持たない。

 「ね?ちょっとだけいいじゃん!な?」

 粧裕の肩に手を伸ばそうとした瞬間──

 「──えーい!誘拐しちゃうぞー!」

 ノリの良い声が、真横から飛び込んだ。

 マットが冗談めかした笑顔で、粧裕の腰に手を回し、ぐいっと引き寄せる。

 「え、なに?」

 「さっきからずーっと粧裕ちゃんに付きまとってるの、俺たちなんだよね。だから横取りダメじゃん?」

 「は?何お前……」

 「ほらほら、こっちは“彼氏ごっこ”して遊んでんの。今いいとこだから、さ」

 マットの声は笑っていた。でも、目だけは笑っていなかった。

 相手の一人が「ふざけんなよ」と睨んだ、その一瞬後だった。

 メロがすっと粧裕の手を取り、無言のまま、迷いなく引いた。

 「走れ」

 「えっ!?──は、はい!」

 マットの軽口に気を取られていた男たちの隙を突いて、粧裕とメロは一気に人混みの奥へ走り出した。

 祭りの喧騒が、ふたりの背を追いかける。

 屋台と屋台のすき間、射的の裏を抜け、夜店の裏路地へ。

 提灯の光が遠ざかる頃、ようやくメロは足を止めた。

 「……大丈夫か」

 「う、うん……ありがとう、助けてくれて」

 はぁ、はぁ、と息を整える粧裕の手は、まだメロに握られたままだった。

 メロはハッと目を見開くと、直ぐに粧裕の手を離し、腕を組んだ。

 「粧裕ちゃん、さっき変なこと言ってごめんね?」

 「え……?」

 「“誘拐しちゃうぞー!”って、あれ本当は、もっと冗談っぽく言う予定だったんだけど、タイミング悪かったかもって」

 「ふふ、別に。むしろ助かりましたよ」

 「そう?……まっ、メロがかっこよく持ってったけど」

 「うるせぇ」

 ふたりに囲まれて、粧裕は心の奥からようやく息を吐いた。

 怖かった。でも──このふたりがいてくれて、本当に良かった。

 「……ありがと。マット、メロも」

 そう口に出した瞬間、自分でも少し照れくさくて、うつむいた。

 けれど、マットがすぐに、

 「お、ついに呼び捨て」

 「あ!いや!いまのは……その……!なんとなく!」

 「これは三人チーム正式結成ってことでいい?」

 「いいわけないでしょ!」

 「そうだ。こいつはMじゃないSだ」

 「え!?それどういう意味!?」

 「あっ!違っ!馬鹿!そういう意味じゃねぇよ!!」

 赤い顔でアタフタするメロに腹を抱えて笑うマット。

 「別にアルファベットにこだわんなくてもいいじゃん、ねぇ?粧裕ちゃん」

 「……アルファベット?分かんないけど……マットも、粧裕って呼び捨てでいいよ。同い年でしょ?」

 チラッと上目遣いで言うと、ふっと優しく微笑んだ。

 「……それもそうか。分かった、粧裕。今日から俺たちチームだから!いいよね?リーダー」

 そう言ってメロの方を見るマット。

 「好きにしろ」

 満更でもなさそう。

 ──でも。

 粧裕の声は、どこか楽しそうだった。

 最初は怖い人達って思ったけど、話せば案外優しい人達だ。



 (友達になれるかな──)



 二人の顔をチラリと見上げた粧裕は嬉しそうに、どこか幸せそうに微笑んだ──

デスノート[夏祭り編] -あの夏、僕らは笑っていた-

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