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槙野はここのところ寝つきが悪い。

寝つきだけではない。よく寝れない。眠りが浅いのだ。

疲れているはずなのに真夜中に変な汗をかいて目が覚めることもある。


(やはりあのインパクトは強すぎた……)


そんな折に客先に訪問をして会社に帰ってきたら、受付で見たことのある姿を目にしたのだ。コンペの時の女性社長だ。

確か椿美冬つばきみふゆといったか。


焦げ茶色のロングヘアと、紺色のピンストライプのスーツにクリーム色のブラウスを合わせているのがよく似合う。

あの時は頼りないような気もしたが、こうして見るとさすがにアパレルの社長だなという気がした。


「あれ? えーっと……」

そんな風に声をかけたら、ぎょっとした顔で彼女は少しだけ後ずさった。


怖い、と顔に書いてある。

まるで街で輩に絡まれた、か弱い女性のようなのだが。

そんな反応するか?


しかし、コンペの際に顔を合わせていて、身分は明らかなのだから、と槙野は受付に近寄っていった。

おそらくはあの時片倉に言われた企画書を持って来たのだろうと思ったから。


「企画書? 早いな」

そう話しかけると彼女は零れそうに大きな瞳でじいっと槙野を見てこくこくと頷く。


まるで小動物を追い詰めているような気持ちになるのはなぜだろうか。

「俺が見てやるよ」


せっかく持ってきた企画書である。

槙野がそう言うと、椿美冬は書類をぎゅうっと抱きしめて、毛を逆立てたネコのような表情になった。


あまりにも警戒されてやっと理由が分かった。椿美冬は槙野の正体を知らない。


それにしてもおびえ過ぎじゃないのだろうかと思うが、槙野も自分がそこそこ迫力のある見た目だということは理解はしている。

そんなにおびえられたらこっちがへこむ。


「そんな顔するか……あー、だな。この前はクローズドのコンペだったか」

確か名刺はあるはずだがと胸ポケットの名刺入れを出したら、さっと顔の前に書類をかざしている。


なんだ? 大事なものじゃないのか?

「どうした?」

「……いえ、なんでもないです」


名刺入れから名刺を出し美冬に渡すと美冬はバッグを足元に置いて、名刺を受け取った。

その所作が綺麗できちんとしているんだな、と槙野は微笑ましくなる。


名刺を確認した美冬はただでさえ零れそうな瞳をさらに大きく見開いていた。


その顔には副社長だったの!?と大きく書かれてあるのだ。

おびえるにしても、驚くにしても美冬は表情が本当に感情豊かで見ていて飽きない。


「全部、感情が顔に出ているぞ」

そう言うと、美冬は慌てて頭を下げた。

「す……すみません」


「まあ、とっても怯えてたみたいだが? 一応こんな肩書きなんで良かったら見るけど? その胸に大事に抱えてる企画書」


見てほしいなら来いと言った。美冬は断るかと思ったら、ててっと槙野についてきたのだ。


企画書からは一生懸命な美冬の性格が見て取れた。

槙野はそれ以外にも企業情報を事前に入手して確認しているのだ。

美冬は若いながらもしっかり社長としても責任を果たしていると思っていた。


しかし今回はおそらくコンペの対象にはならない。

それは美冬の経営がダメなのではなくて、コンペの意向と合わないからだ。


実際にそういうことはよくあることで、その後もフォローできるようならフォローしてゆくケースもある。

書類をすべて確認した槙野はそれをどうやって伝えようか考えていた。


「悪くはない」

そう言ったのに、美冬はお前を殺すと言われたかのような顔をしていて、槙野はこいつ腹芸とかできないのか? とちょっとあきれたような声が出てしまう。


「だから、顔に出てるっつーの」

本当ですか? 顔に書いてありますか? どの辺ですか? と言いたげに一生懸命顔を触っている美冬は見ていて和む。


コンペの時も今回企画書を持って来た時も、美冬はとても真剣で槙野のことが苦手でも、仕事のために話を聞くという態度はとても好ましい。


「真剣だな」

「え?」


そう話しかけたらきょとんとして槙野のことを真っ直ぐ見つめてくる。

年より若く見える顔立ちで、色素が薄いのか焦げ茶色の髪と焦げ茶色の瞳がとても綺麗だ。


いつも元気で明るそうな美冬のきょとんとした目をくりっとさせた顔はやけに愛らしかった。

よくよく見ると目だけではなくて、ちょん、とした鼻も綺麗に口紅を付けた唇も配置が素晴らしく整った顔の部類に入るのではないだろうか。


ふっと美冬はうつむいた。

その綺麗な顔が見えないのは残念なように槙野は思う。


「そうですね。いろいろ事情もあるんですけど。今まであまり経営とか考えてこなかったんだなって今回ひしひしと思います。私はミルヴェイユのお洋服が好きなので」

「へえ? どの辺が?」


「金額設定が高いってことは分かっているんです。でもちょっと特別な時にちょっと特別なおしゃれがしたいって絶対にあると思うから。そんな時に気分を上げるファッションであってほしいの。それに価格に見合うだけの作りなんです」


好きなもののことを瞳をキラキラと輝かせながら話をするのについ槙野は目を引かれる。


「なるほどな」

槙野は少し口角を上げる。そうしてテーブル越しに美冬を真っ直ぐ見た。

「事情ってのはなんだ?」



契約婚と聞いていたのに溺愛婚でした!

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