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「っ…だ…いまぁ…」
何とか我が家のドアを開け、帰ったことを知らせようと思ったら、思った以上に声が出なかった。まあ、今はド深夜。そんなことを気にする人なんていないのだけれど。
後ではちみつでも舐めるかな、なんて考えながら、ドアを後ろ手に閉める。
バタン、という音が思いのほか大きく玄関に響いた。
…今日、あにきは何をしていたんだろうか。
そんなことを、ブドウ糖不足の脳でぼんやりと考える。
歌を録っていたのか、筋トレをしていたのか。物音がしないことから考えて、今はもう寝ているんだろう。
…寂しいな。
いや、起きていてもそれはそれで申し訳ないんだけれども。
こう忙しくて会えない日が続くと、同棲する前より寂しく感じるのも事実だ。
『おかえり、まろ』
出迎えてくれる、エプロン姿の君と夕食のいい匂い。
あのあたたかさを、知ってしまったからだろうか。
首を振って、思考を打ち切る。
玄関で悶々としていてもどうにもならない。それくらいなら、きっと作ってくれたであろうあにきのご飯を食べる方がよっぽどいい。というか、天秤にかけるまでもない。
今日のご飯はなんだろうか。
そんなことを考えて、小さくも幸せな日常に浸りながら、靴を脱ぎリビングに歩を進める。
(…あ、手洗っとこ)
踵を返して、洗面所に向かう。
何となく、爪先を見つめながら…
(ん?)
視界の端が、違和感を捉えた。
咄嗟に視線をずらすと、寝室のドアの隙間からかすかに光が漏れている。
(え、)
まさか、
いや、そんなわけないよな。
いくらあの光が何時もスるとき点ける間接照明だからと言って、あにきがベッドで待っているわけではない。きっと、寝る時に消し忘れただけだろう。
あー、でもそういえば最近シてないなぁ。溜まってるし、あにき食べたい。
…ダメだ、今日は冷静な俺が疲れきってる。さっさとご飯食べて、寝た方が良さそうだ。幸い明日は休日だし、たっぷり寝れる。
…あにきの寝顔見たいな。
ちょっと見るだけなら、ええよな?寝る前にいつも見てるし。照明消さなあかんし。本音を言うと、癒しが欲しい。
自分に言い訳しつつ、そっとドアノブを押し込んだ。
あにきを起こさないよう、音を立てずに部屋の様子を伺う。LEDに慣れた目には暗い世界に、ふっと影が見えた。
(…?)
え、まさかあにき本当に起きてる?
そーっとベッドに近づく。
遠目からだと盛り上がった闇にしか見えなかった姿が、少しづつ鮮明になってきた。
…やっぱり、あにきだ。
聞きたいことは色々ある。なんでこんな時間に起きてるのかとか、ベッドの上で何してるのかとか。でも、まずは俺に気づいてもらわないことには始まらない。…肩叩いたら流石にこっち向くよね?
(…!)
目を向けると。
俺に背中を向けている格好のあにきの首筋が、薄暗さにも負けない朱に染まっている。よく見ると、耳も。
(ふーーーーーん。そういう事ね)
(うっわうちの恋人可愛すぎるやばいやばいでも後ろに本物の俺がいるのに気づかないのはいただけないなぁ)
可愛くて可愛すぎる恋人の後ろでひとしきり思考したあと、さてどうするか、と(気持ち的に)腕を組む。
…とりあえず、”目覚めて”もらおう。
ぐっ、とあにきの耳に顔を近づけると、さらにあにきがくっきり見えてくる。萌え袖になっている部屋着から、少し曲げられた指先まで…
(あにき、何やってるん?)
手指のかたちが不自然すぎて、首を傾げたくなる。
例えるなら、エアホットドッグを両手で縦に鷲掴みしてる感じ?…伝わらないな。
その時、あにきが体を引いた。ほぼゼロ距離だったせいで、俺の肩とあにきの首は簡単にぶつかる。
バッ!!と効果音が着きそうな速さで、あにきが振り返る。
すかさず真っ赤な頬をスタンバイしていた人差し指でぷにっと突いて、気が抜けたのかずり落ちる体をしっかりと全身で閉じ込めた。
「まっ…まままろ?!」
「うん、まろだよ〜ただいまぁ~」
ゆるっとした口調で返す。ついでに固まっている肩口に顔を埋めて思いっきりあにきを吸う。
「はぁ、生きかえる…」
「おまっ…なんっ…」
「あにきっ、『おかえり』ちょうだい?」
彼が弱い、お願い口調で頼んでみる。ついでにちょっと上目遣いで。身長的に厳しいけど、彼はこれにほんとに弱いのだ。
「おっ、おかえりなさい…?」
ほら。
まあ、状況は掴めてないみたいだけど。そこも可愛い。
「やああっと仕事に方がついたんよ…」
「…あー、言ってたやつか。」
「そう…あにき不足で死にそうだった…」
目が死んでるのは自覚しとる。なんで俺がオフィスに泊まりこまねばならんのだ。なんたる拷問か。俺からあにきを取ったら廃人しか残らんっつーのに。
「…まろ」
何、と答えるより先に、いつの間にか俺の方に向き直っていたあにきから、唇の端に柔らかい感触が降ってきた。
「…おかえり!」
くしゃっとあにきの顔が崩れて、満面の笑みになる。
ああ、もう、この人は。どうしていつも、1番欲しいものをくれるんだろう。
ぎゅっ、と背中に手を回せば、数秒遅れておずおずと回された腕の感触。それと、腕の中の愛しい存在に、心が満たされていくのを感じた。
さて。
「え?」
「悠佑、ところで…」
――
押し倒された、と脳が理解したのは数秒後やった。
(え、なんで?)
絶対その流れじゃなかったやん。なんなら俺ちょっと寝そうだったし。間違っても…え、えっちなことする流れじゃなかったよな?え、
「ゆーうーすーけー?」
「ひゃっ?!」
びっっくりした…待ってなんで首舐めるん、というか手服の中入って、入ってる…!
「ひどい、2回も無視するとか…」
「まって、なんっ、やめぇっ」
「ゆうすけ、自分が何したか、わかってる?」
何、なんでお怒りモードなん?どっちかと言うと怒っていいの俺な気ぃするけど。というか俺の弱いとこ触ってるってことはもう答えさせる気ないやん。
そんなことを考えていたら、突然舌を絡め取られて。息が上がって、さまよっていた目線がかちっ、とぶつかる。
(あ、終わった)
目が、もう逃げられない時のそれになっとる。
「…問題でーす」
やけに淡々としたトーンが逆に怖い。
「俺が来る前、ゆうすけはベッドの上で何をしてたのか、60字以内で答えなさい」
喉が軽くヒュッ、と鳴る。
(まさか、え、みられて、)
「答えたら許してあげます。」
もしかしてこれは、自分で言わないといけない、のでしょうか。
わざわざ俺に言わすってことはそういうことだ。まろと付き合ってから、嫌という程分からせられたまろの行動パターン。
(いや、でもほんとに今回は無理)
言うのを想像しただけで顔が染まるのを感じる。これでほんとに言ったら恥ずすぎて爆発する自信がある。
いつの間にか起こされて、見つめ合う体制になったせいで至近距離にあるまろの顔に、必死で伝えようとした。
「ま、まろ、」
「代わりに言ってあげても良いけど?」
「ちょっとまって、」
それは本当にダメなやつだ。間違いなく羞恥で倒れる。俺が。
「いいけど、あと1分ね?待つの。」
「えっ」
「1週間ぶりだよ?早く悠佑補給したいもん」
1週間、という期間は俺にも心当たりがあった。まあその、してなかった期間だ。2日前、やっとできるはずだったのにまろが仕事で泊まりになってしまって。…それも、まろの不機嫌の理由のひとつなのかもしれない。
でもそれで俺が怒られるのは納得がいかんけど。だって、したかったのはこっちも同じ、だし。
「ゆうすけー、あと30秒」
…こんな思考を回している暇ではなかった。急いで言わないと…
「わ、分かった!言う、から…」
20秒までカウントダウンしていたたまろが口を閉じて、こちらをじっと見つめる。
この体勢でこんな事言うのは本当に恥ずかしいけれど、仕方ない。
「き、きのう、その…できなくて」
まろが軽く頷いて、続きを促す。
「次できるとき、新しく、なんか…したいと、思って」
そう、いつもまろは俺のことを一番に考えてくれる。もちろん、そういうことをする時も。
でも、貰ってばかりでは申し訳ないし、俺だって何かしたい。
「ふぇ…らの、練習…して、まし、た」
我慢できなくなって、俯いていた顔を思いっきり背ける。といっても、ハグされているから変わらないようなものだけど。
(は、恥ずい…!)
これは思った以上になんか、恥ずかしい。今すぐ叫び出したいくらいには。近所迷惑だからやめとくけど。
こんなに思い切って言った割にさっきから静かなまろが気になって、ちょっとだけ顔を向ける。
―え?
まろの顔が、薄暗い中でもわかるくらいに1面朱に染まっている。
(なんで??)
なんで言った俺よりまろの方が照れているのか。そもそも、知ってたんじゃ?
「…まろ?」
目を瞑りこんだまろの顔が、肩口にぐりぐりと押し付けられる。
何をしていいかわからなくなって、まろの背中をさすった。
「…ずるい」
ぽつり、とまろがこぼした。
「…何言ってるん、こっちのセリフやわ」
「なんで背中撫でるの」
「…撫でたかったから?」
特に理由なんてない。ただ、まろと一緒にいるということを実感したいだけ。
そのことをそのまま伝えると、まろは抱きしめる力をますます強くした。さすがにちょっと苦しい。
「ゆうすけ、そういうとこ…」
「なんやねん。…いつも振り回されるのは、こっちやん。」
俺からもう1回言わせると、ずるいはこちらのセリフだ。大柄な体躯とくるくる変わる表情、それにいつも伝えてくる愛情に振り回されるのは、いつもこちらなのだ。
「でも!…あんな爆弾投げられたら…やっぱりずるい!!」
どうやら照れと悔しさがぐしゃぐしゃになっているようすのまろ。
そのまろが言うには、そこまで具体的に言ってくれるとは思わなかった、とのこと。
言わなくても強制的に襲うから問題ないと思った、らしい。
…このまろの思考回路にも、幸せを感じるようになってしまった俺も大概だ。
「じゃあ俺、ただの言い損やん…」
「まろは得だったけどね〜?ゆうすけもそんなに俺をおもっててくれたなんて、」
「ね」
いつの間にか回復したまろが視界いっぱいに広がったまま、再びベッドに押し付けられた背中。
「襲っちゃっていーい?」
「…言わせんな恥ずかしい」
言い終わらないうちから迫る、どろりと甘く溶けたアイオライト。吸い込まれるような錯覚を覚えつつ、俺は目を閉じた。