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芙月みひろ
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#王子
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翌日、墨田区『春川設備工業』。 昨日、僕たちに塩を撒いて追い返した親父と母さんの前に、白石さんは昨日と全く同じ、完璧な笑顔で立っていた。
「……また来たのか。いいか、塩が足りねえならいくらでも――」
「お義父様。昨日は『段取り』が不十分で失礼いたしました」
スパナを構える親父の言葉を、白石さんは優雅な所作で制した。彼女がバッグから取り出したのは、厚さ三センチ以上、辞書のように分厚い一冊の「束」だった。
ドサッ!
作業場の机の埃が舞う。
「こちらは、私が陽一さんと結婚すべき理由を100の項目にまとめたものです」
(……100!? 卒論でもそんなに書かないぞ!?)
「第1章『陽一さんの健康管理と栄養バランスの維持計画』。第2章『将来のライフイベントにおける資金繰りと資産運用シミュレーション』。第3章『私が陽一さんの隣にいることで、彼がどれだけ笑顔になれるかの定性分析』……」
整然と並ぶグラフと表。そこには、僕がいつ、どこで、どんなことで笑ったかという「分単位の行動記録(ストーカーログ)」まで添えられていた。
「これ……全部、手書きの注釈が入ってるわ……。陽一好みの味噌汁のメーカーから、最適な塩分濃度まで……」
母さんの顔から血の気が引いていく。あまりの情報の「密度」に圧倒されたのか、母さんはフラフラとキッチンへ向かい、僕たちに薄汚れた椅子を勧めると、お茶を差し出した。
「お義父様、お義母様。私、彼と結婚できないのであれば、御社をまるごと『買収』する覚悟で参りました♡」
(……買収!?)