テラーノベル
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――翌朝。
沙織は寝不足のまま、出発した。
どの位の距離を走ったのだろうか――。
気が付けば沙織の目の前には、青海原が広がっていた。
「うわぁ……きれい」
まるでシュヴァリエの髪のような色合いだ。潮騒の響きが心地よく、思わず見惚れてしまう。
(カリーヌ様にも、見せてあげたいなぁ)
イザベラの話では、サミュエルが秘密裏に転移陣を敷いた場所があるらしく、海を渡らずに帝国内へ入れるそうだ。
ただ、かなりの魔力を消耗するらしく、サミュエルと違って戦闘系のイザベラには、少々キツいらしい。
「魔力ならあるから、大丈夫よ」
「助かるわ! 私だって、それなりに魔力はある方だと思うんだけどねぇ。サミュエルったら、自分基準で作るから……」
自称かと思っていたが、本当にサミュエルはできる魔術師の様だった。
「サオリ、こっちよ」
イザベラに案内された場所には、隠匿されていた転移陣があった。顔を見合わせ頷くと、転移陣に触れ魔力を流し込む。
――すると。
あっと言う間に、城へ着く。転移陣から出ると、すぐ近くの目立たない場所に、馬が二頭繋がれてるのが見える。一頭は見覚えがあった。
(あれは、もしかして――)
「あぁ、サミュエル達も予定通りのルートで来たのね」
(シュヴァリエも……ここに居る!)
沙織の胸が高鳴った。
シュヴァリエの存在を近くに感じる事ができたせいか、少し冷静になって考える。
「ねぇ、イザベラ。もし、シュヴァリエとサミュエルが……私やイザベラを連れて戻らなかった事を、皇帝に何か理由付けして誤魔化していたら? 私達、まだ隠れていた方がいいのではないかしら……」
「うーん、そうね。先ずはサミュエル達の様子を探ってから、父上に会いに行く方が安全ね。……よし! サオリ、こっちから行こう」
イザベラに連れられ、隠し通路を進むと小さな扉が見えて来た。イザベラは、躊躇なくその扉の中へと入る。
そこは――とても可愛らしい女性的な部屋だった。
「ここは?」
キョロキョロしながら、尋ねる。
「ん? 私の部屋よ」
「へぇ、可愛い部屋ね」
「こう見えて、可愛らしい物が好きなの」
照れくさそうに言うと、イザベラは侍女を呼んだ。
慌ててやって来た侍女は、開口一番
「イザベラお嬢様! いつお戻りに!? またその様な格好でっ!!」と、お小言が始まった。
イザベラはぴらぴらと手を振って、侍女の言葉を遮る。
「あー、マリア。言いたい事は分かってるから。それより、ちょっとお願いがあるの」
侍女のマリアは、イザベラが信頼を置く数少ない味方の一人らしい。
最初は、目を見開き驚いていたが……。イザベラの説明を聞いて、協力してくれる事になった。
そして、沙織は――。
マリアの予備の侍女服を借り、目立つ黒髪はお団子にキュッと纏めてもらった。そう、新人侍女として城へ潜入をする事にしたのだ。
イザベラはというと……。沙織の顔は知られていないが、イザベラは王の娘で皆が知っている。存在感も凄いので、見つからないようこの部屋で待機していてもらう事にした。
下手に見つかれば、サミュエルやシュヴァリエの足を引っ張ってしまう可能性がある。
渋々だがイザベラには納得してもらった。
「マリア、私のことは……そうね、エミリーと呼んでください」
(ごめん、エミリー。名前を借りるわ)
沙織は心の中で謝っておく。
「わかりました。では、エミリーこちらへ」
それから、軽くマリアに基礎的な指導を受けて、侍女として城へ潜入した。
マリアは、新人教育をする時と同じように、沙織に指導しつつ城の中をまわって歩いた。沙織は、いかにも新人らしく、侍女の仕事内容をメモに取りながら、城の構造を覚えていく。
(あの大きな扉の向こうに……皇帝ヴィルヘルムが居るのね)
普通の侍女では、近寄る事さえ出来ない場所だが、マリアのお陰で怪しまれずに済んだ。
ひと通り見終わったところで、窓の外にある建物に気がついた。
(……あれは、教会?)
こんな要塞みたいに、城壁に囲まれた敷地内に、どうして建てられているのか。とても、不自然な感じを受けた。
「マリアさん、あの建物は何ですか?」
「あれは、礼拝堂です。」
「……礼拝堂?」
「はい。皇帝陛下は、信仰心が強くていらっしゃいます。あちらは、祭司のヨーゼフ様が管理されていますので、私共は勝手に入る事は出来ません」
「ヨーゼフ様?」
「はい。噂をすれば、ヨーゼフ様です。エミリーこちらに」
ちょうど、如何にも聖職者っぽい衣を纏った小太りの男が、付き人を連れて歩いて来た。
マリアに促されて、壁側に寄り背筋を伸ばして頭を下げる。
そのまま通り過ぎるかと思ったら、沙織の前でピタリと足を止めた。頭を下げているため、ヨーゼフの顔は見えない。
ふと、ヨーゼフの足下の影が、小刻みに動いた気がした。
(今のは何? 足は止まっているのに、影だけ動いたような……)
「マリア、その娘は新しい侍女ですか?」
頭の上でした声に、ハッとする。
「はい。新しく入りました侍女でございます。只今、研修をしております」
「ふむ。顔を上げなさい」
「はい」と顔を上げて、ヨーゼフを見る。
「……名前は?」
「エミリーと申します」
緊張が走る。
ヨーゼフは、ねっとりとした舐め回すような視線で、沙織を上から下まで眺めた。背中がゾワリとする。
(うぅっ……キモい。何、この人)
沙織を見たまま、ニヤッと下品な笑みを浮かべて、マリアに言った。
「エミリーは研修が終わったら、礼拝堂付きの侍女にしなさい」
(はぁ!? なに勝手に決めてるの!?)
「恐れながら、ヨーゼフ様。エミリーは、イザベラ様付きと決まっております」
「(…ッチ!)そうですか。イザベラ様の……残念です。まあ、イザベラ様が戻らない場合には、是非こちらに願いしますね」
気持ち悪い笑顔で言うと、ヨーゼフは去っていった。
(さっき舌打ちしたよね? ……あんなのが祭司?)
「マリアさん、庇って頂きありがとうございました」
「当然です」と、マリアは優しく微笑んだ。
ヨーゼフは、イザベラが戻らない場合――と言った。イザベラが、ベネディクト国で捕まっていると知っているのかもしれない。
ヨーゼフには気をつけるべきだと、沙織の直感が言っていた。
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