それから数時間経過して深夜2時。一向に動かない二人を見てパローマが煙草を吸う。紅をさした口から白い煙を吐き出すとグルの頭に拳骨を食らわせた。
「いってぇ……何するんだ」
頭をさすりながらグルがパローマを見上げた。パローマは鋭い眼差しで睨みつけながら屈む。
「ちょっと部屋に来て」
「要件は?」
「…… 何でも良いからさっさと動いてねー」
重圧をかけられながら首根っこを掴まれ引きずられる。部屋の扉あたりで、机の下に体育座りをする吉木を見た。しょんぼりと拳銃をいじっている。
引きずられる際もそれを眺めながらホテルにおる寝室ような場所に連れてこられた。
「パローマ、俺のこと呼び出して何をする気だ? 寝ろとでも言いたいのか」
部屋中を舐めるように見回す。グルはこの部屋に何も無いことを察していたからか今にも逃げようとしていた。だが、酒でうまく体が動かせない。
パローマは「ふふ」と笑みをこぼしてガチャンと鍵をかけた。部屋は薄暗くベッドと電話しか無い。
「まぁ、力抜いててね〜。痛いようにはしないよ。吉木に怒られちゃうから……でも大丈夫〜。これも暗殺の術だからね〜」
「は?!」
何だと考えるよりも早く、パローマがシャツを脱いだ。はらりと胸が見えるのをグルがそこら辺のバッグで視界を覆い隠す。小声で何も見てない何も見てないと呟いた。
「甘い罠。勿論、変なことするつもりはないよ〜 」
「なら服を着ろ!!」
「着たらアンタが焦らないでしょー? 男を極限まで追いやって金とか情報取るのがウチらの仕事だしぃー?」
太陽のような笑顔で服を全て投げやる。グルは布団を頭から被って焦りの色を見せていた。
「き、聞きたいことは何だ……」
「吉木はハニートラップに弱々でーす。私が試したときも飛びつきましたー。今考えたことを述べなさーい 」
満面の笑みでとんでもないことを言っている。グルは信じられないという表情と共に即答した。
「クズ」
清々しいほどハッキリした声。心なしか表情も真顔になっていた。パローマが指を鳴らす。
「正解……じゃなくてソレに弱いんだからアンタが仕掛けようよ。アンタならそれで和解できると思う」
まさかの提案に沈黙が走る。パローマが布団に入るとグルがやっと返事をした。
「暴力には暴力をってことか?」
「そそ」
「え、普通に嫌だ。何で野郎にハニートラップ仕掛けなきゃいけないんだ? そもそも笑われて一生馬鹿にされるだけだぞ……」
考えだけで身の毛がよだつ。 写真撮られて脅されるのがオチだ、とグルは肩を落とした。
「あー、大丈夫。赤面で倒れるだけだから。ウチが服脱いだ時点で倒れてたよー。想像したのかな」
思い出すように上を見ながら鼻を鳴らす。グルは自分の胸を触りながら虚しくなった。
「お前だからだろ? 俺が脱いでも胸はない……。あるのは大胸筋」
「まぁまぁ、気にせずウチに任せて力抜いててよー」
強制的にグルの服も全て脱がされメイクやら色々させられた。パローマは顔の形が良いからとノリノリで睫毛をつけてやっている。服は大きく筋肉を覆い隠すように。
胸については人口乳房というものがあり、それをくっつけてブラジャーで誤魔化す。色は派手に赤だ。
グルは諦めモードで両手を上げて真顔になっている。 けれども、顔は男とは思えないほど美女。メイクの力は凄まじい。そう思わせるものであった。
「一つ欠点がある。女声が出ない」
いつもの低い声でグルがパローマに言った。無論。女声を出す機会なんて普通の人にはあまりないだろう。
「まぁ、任せて任せて」
パローマは得意げに笑うと喉を指差した。
「普通に声出してみて」
「え? あーーー……」
声を伸ばすと、パローマは「やっぱ低音〜」と納得していた。
「声が胸で響いてるでしょ? それを喉で鳴らしてみて」
「OK……あ〜〜〜……」
「声のトーン下げないで!! というか色気もクソもない!!」
ギャーギャーと言い合いながらも声を高くする。鼻で物を言え、軽やかに、きれいな声を出せと無茶振りしながら女声を練習した。
最終的に完璧と言っていいほどの女声をマスターしたらしい。喉で声を鳴らしている。グル自身も嬉しかったらしく何回か声を出していた。
それからが本番である。
「よし、いいねぇ……。吉木の寝込みでも襲ってきな!」
「は? 無理 」
可愛らしい女性の濁音で応答。パローマは悩む様子もなくグルを抱えて吉木のところまで走った。体格差を考えるが、服がブカブカなこともあり全部隠れている。ほぼ黒いマントだ。
吉木はまだバーでペタンと座って絶望している。ここでこんな俺に会ったら何されるのか、とグルは内心震えていた。
「誰だその女。今更遊ばないからね」
吉木は呆れたように欠伸した。そして、グルのことを二度見する。
「顔が凄くいいね」
ぐい、と近づきながら言われてグルは黙り込んだ。いつしか降ろされているしパローマの姿も見当たらない。
このままだとやられる。
直感的に察したグルは取り敢えず話をすることに決めた。
「あのう、待ってもらえませんか……ね……」
「待たないさ、パローマが持ってきたってことはそこら辺の店で買い取って僕にくれたということなんでしょ?」
ついに体に触られた。グルはこれ以上近づくとバレると思い、振り絞る。
「なら寝室行きましょ」
「えぇ……早くないかい?」
「早くないわ。何もたもたしてるの?」
「引っ張らないで」
「やるの? やらないの?」
「前者でお願いします……」
そこは断れよ、と言いたくなってしまう。引きずるようにそこらへんの部屋に入り込むと、グルは困り果てた。
(脱いだら一発アウト。肩まで出しても男だからバレる。いや、大丈夫だ。このままでおとす)
吉木の肩を柔く掴んでキスをする。別に慣れていたが緊張するふりをして目を逸らしたり、こんな人知らないという気持ちで挑んだ。結果的に演じるという形でする。
(ハニートラップに強いような……)
そう思って、ふと気がつく。
これってバレてるのではないか、と。
「その……何で僕って襲われてるの……そこで脱がれたら倒れそう」
(よっしゃ気づかれてねぇ!!)
内心歓びながらガッツリと上着を脱いだ。吉木はギャッと驚いて倒れる。それは驚いたというよりグルが頸静脈を殴ったからだ。
「あ、やっちまった」
逃げよう。グルは素早く服を着てその場から走り出す。大体、胸に彫られているタトゥーで正体は明確に分かったはずだ。
とくに後悔はない。とんでもなく最低な性格と根性が確認できたのだから。
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