「気まずい、お前のせいだからな?」
グルは荒い息遣いでパローマに言うと、服を脱いで着替えた。化粧やらも秒速で落とす。
「なに、ウチのせい? でもよかったじゃ〜ん。そのおかげで女装も女声も上達して!」
ケラケラ笑い転げながらパローマが水を飲んだ。外から聞こえる大きな足音に気がついてはいたが、知らない振りをして二人で黙る。その沈黙を破ったのは、扉 の開く音である。すぐに二人は動き出した。
白いシャツを着て布団の中で縮こまるグルと、洗面台で固まるパローマ。
吉木はグルにバレないように口をパクパクと動かす。読唇術だ。
『グル君に女装させた挙げ句、彼に殴られてしまったんだ。どうせならしたかったなぁ……』
名残惜しそうに痣が酷くなった首を撫でる。グルに首を蹴られたり殴られたり。急所ばかり狙われているようでしょんぼりしていた。
パローマはため息をついて読唇術で応じる。
『気づかなかったのが悪いんじゃな〜い?』
『気づいてたさ!!』
吉木は扉を閉めて鍵をかける。ビクリ、とグルは反応したが何が起きているか見たら終わる。静かに息を殺した。
『僕を舐めているのか? 君が思うほど馬鹿じゃないんだよ。親友の顔くらい見抜ける』
一歩、一歩を近づく。その足音はベッドの方に向かっていた。そこで静かに悟る。俺はきっとぶん殴られるなぁ、と。
グルは手元にあったピストルを投げた。パローマは驚いて振り向く。ピストルには弾ではなく針が刺さっていた。
『恥ずかしいから殺してくれ』
読唇術でボソボソ言って片手を上げる。吉木は冷や汗が滲むのを感じた。ぐしょぐしょになったシャツに気づかずピストルを握る。それからは冷静に針を取り出してパローマに向かって投げた。
運良くそれを避けてみせたが壁に刺さり、変な液体が垂れている。
「危ないね」
パローマは冷静にしていた。やがて、垂れている液体を指につけてあることに気がつく。
「あ、ウチが手に入れた毒だ」
嘘だろ?
吉木がじぃっとグルの目を見つめるが、それは合うこともなく逸れた。
「じゃあ……俺は寝る。疲れた、浦には色々すまなかった。ああ、いや。話さなくて良い。俺は寝る」
返事すら待たないような言い方に吉木はカチンときた。胸ぐらを掴んで真顔で拳を食らわせてやるが、慣れた様子で「眠い」としか言われない。
「グル君、それはないよ。せめて仲直りの握手くらいしてくれないかい? 寂しくて寝れないしお薬取り上げたの君なんだからさ 」
「うるせぇな。パローマと添い寝でもすればどうだ」
そう言ったと思えばとんでもない勢いでボディーソープが飛んできた。グルの頭に当たったからか苦しそうな表情で掌を頭に押し当てている。
「こんな野郎とは御免だね、ウチは一人で静かに寝たいんだよ。さっさと失せてくんない? タバコ吸いたいから出ていって」
口調が荒い。吉木に引きずられるグルを見送りながら、パローマはこう口ずさんだ。
「ああ、サーフィーが可哀想ね」と。
部屋に連れて行かれたグルは眠りにつけなかった。頭が腫れ上がりたんこぶが出来ているのだ。
吉木はその箇所に氷を当てながらふと思う。
そこを殴ったら痛いのだろうか。
行動は早かった。氷をパッと離して本気で殴ってみる。グルは驚いたように目を見開いて壁に背を密着性させた。
「なに、何するんだ。腫れが酷くなるだろう」
声は微かに震えている。それなのに何故か心は冷静であった。殴られただけ。
特に焦ることでもないと思ったのだろう。吉木のギラリとした目を見ていたら、より冷静になった。しかし、その冷静さはすぐに掻き消されることになる。
「そういえばさ、女装。上手かったね」
目が笑っている。手の拳は緩められていて次の瞬間、肩を掴まれた。
「いやあ、君の弟もよかったと思うよ」
「何の話だ」
冷静さを保っているようにみえるが、手に汗をかいていて表情も緩まっていた。
「最近の話じゃないけど思い出したんだ。サーフィーって子は君の弟だったんだね。納得したよ」
口角をにぃと上げながら言うと、グルの首筋にキスをした。しかし、すぐに待てと言われる。
「意味がわからない、サーフィーとお前は何処かで会ったのか?」
遂に混乱の表情を見せた。吉木は我慢していたものが吹き出したように笑い出した。爆発でもしたかのような大きな笑い声に心臓が飛び跳ねる。
「それはそれは、君より先にアササンになった。射的もAだし、何よりも体術が優れてたらしいよ。 僕は知らないけどね、凄く可愛かった」
咳払いをしてグルから離れるとカチャンと電気を消す。
「さあ、明日は射的だよ。僕は仕事だから頑張ってね」
暗闇の中で吉木の姿が月光で照らされている。シャツが濡れていたからかその場さえも涼しく感じた。
吉木はシャツを乱暴に脱ぐと着物を羽織ってグルの隣で寝る。このとき、背中ばかりを見ていたグルはタトゥーに気がついた。
「おい、その薔薇のタトゥー……」
「グル君も入れられてるはずだよ」
即答。本当に身勝手な組織だ、と内心恨めしく思った。自分の影が映る天井をゆらりと眺めながら先ほどの言葉を頭で繰り返す。
──君より先にアササンになった。射的もAだし、何よりも体術が優れてたらしいよ。
俺より、先に? 嘘だ。平凡に生活してほしいと願っていたのに。浦にも何度も言ったのに。
グルは自分を恨んだ。そして隣で目を瞑る吉木を刺してやろうとも思った。だが、そんなことをすればこの5年間が無駄になる、と握り拳の力を強める。
その一方で吉木も後悔していた。
その仕事をやろうと思ったのがサーフィー本人の考えで、それを否定せずに最後まで教えたことに後悔を抱いていたのだ。
1
何故教えたのか、というとそれはサーフィーの抱いていた純粋な思いであった。
──兄ちゃんを守りたいから暗殺者になりたいんです。
そう言って訪ねてきたサーフィーは軍の服を着ていて小銃を抱いていた。長い髪は黒に染めていて、目だけが緑色。
何よりも顔が整っていて目に入れても痛くないという表現が的確であった。
──何の用かな、グル君を守りたいなら警察にでもなれば?
吉木はあしらうように言い放ち、席を立つ。サーフィーは机を大きく叩いた。
──おまえ、兄ちゃんが死んでもいいの?! 情報は全て売られてるんだよ。
血相を変えて顔を紅潮させていた。吉木の肩がピクリと動き、すぐに振り返る。
──何処で売られていた?
表情は別人と思うほど真顔で、目の奥には冷静さがあった。
──ライト・ウェブだよ。杉山という男を存じない?
パッと写真を見せつける。ヒゲの生えた太った男性が映し出されていてコートを着ていた。
吉木はハッとしたように思考を巡らせる。
──ああ、それがどうしたの。
冷静に訊くとサーフィーは写真を仕舞ってこういった。
──そいつが情報を流してたから憎く思ってた。すぐにでも仕返しをしたい。
サーフィー真剣な顔つきで目をそらさない。吉木は自分が既に杉山を殺めていたことを思い返して、そのことを伝えようとしたが辞めた。
ここで利用すべきだ。
そう思い、こう言った。
──ああ、そうか。なら教えてあげようじゃないか。
どうせ、グル君の弟ならすぐに覚えるだろう。そんな希望で心を満たして、サーフィーに拳銃を投げた。
──僕を撃ってみてくれ。
コメント
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黒髪のサーフィー…え、良い( お兄ちゃんを守りたいって かわいい、好き() てか先生の女装どんなんなんだろ。 くそ気になる、絶対ビジュ大爆発 してるだろ