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湯上がりの空気をまとった二人が、別荘の居間で再び顔を合わせる。
ハイネは部屋の隅に腰を下ろし、テーブルにワイングラスを並べた。
ラベルは、あの“ニーダーグランツライヒ州”の白ワイン。
「……その。さきほどは、失礼しました」
「いや、こちらこそ。あの……実に良い湯だったよ」
「二度と言わないでください」
「すまない、つい口をすべらせた」
気まずい空気と、冷えたワインだけが場を埋める。
⸻
二人は無言のまま、乾杯のグラスを軽く鳴らす。
チン、と小さな音がして──
一瞬だけ、視線が交差する。
「……そういえば」
「……はい」
「君は、私があの場で“慌てなかった”ことに、少し怒っているように見えたが……?」
「……あの場で慌てない男なんて、普通いません」
「だって、ハイネだろう? 何を今さら取り繕うことがある」
「そういう問題ではなくてですね……!」
⸻
ワインを一口。ぴり、とした沈黙。
ハイネはふと、視線を落としたまま言った。
「……嫌では、なかったんですよ。お風呂場であれこれ言い合うのも」
「……ほう」
「でも、陛下があまりにも平然としていたから……なんだか私だけが動揺しているようで、悔しかっただけです」
「なるほど。それは、悪かった」
「いえ。私も、大人げなかったです」
⸻
そしてまた、ふたり同時にワインを口に含む。少し甘さのある余韻。
「──なあ、ハイネ」
「はい」
「こうして君と晩酌する時間が、私はとても好きだよ」
「……また、急に、ですね」
「君の横顔が、なんとも穏やかで、美しいからかもしれない」
「……酔ってらっしゃいますか」
「まだ一口しか飲んでいない」
「──私のことを、困らせるのが本当にお好きですね」
「それもまた、君が可愛らしいからかもしれない」
⸻
ふ、と照れを隠すように顔をそむけたハイネに、ヴィクトールはいたずらっぽく微笑む。
気まずさと酒の余韻が、静かにふたりを繋いでいた。