テラーノベル
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翌朝。光樹の回廊の一階に設けられた専用ダイニングには、焼きたてのパンと厚切りベーコン、そして温かいスープの香りが漂っていた。
「今日は地下迷宮――”逆さまの蒼穹”に入るための前準備よ。ソラスの装備を見繕いに行くわ。全員でね」
食後のハーブティーを飲みながら、リーダーのゼータが当然のようにそう宣言する。その瞬間、ソラスの隣でニコニコと世話を焼いていたメルティナが、ガタン! と椅子を鳴らして勢いよく立ち上がった。
「えええっ!? なんでカイルやハイネスまで一緒なの!? ここは女の子同士、私とソラスちゃんでキャッキャウフフのショッピングデートをする場面じゃないの!?」
「却下。あんたに任せたら、迷宮にフリフリのドレスとか着せて行きかねないでしょ」
ゼータが冷酷に切り捨てる。
「それに、ソラスはまだ自分の力を完全にコントロールできていないわ。ギルドでの騒ぎを忘れたわけじゃないでしょ? 何かあった時、誰がフォローするの。荷物持ちのカイルと、周囲を警戒する索敵役のハイネスも必須よ」
「ううぅ……私の、私の甘いデート計画が……っ」
正論で殴られ、メルティナはハンカチを噛むような仕草で崩れ落ちる。カイルは”ハッハッハ! 俺の筋肉は最高の荷車だからな!”と豪快に笑い、ハイネスは黙って残りのパンをかじっていた。
かくして、五人はグランフォートの活気ある大通りへと繰り出した。朝の市場は、昨日以上にエネルギーに満ち溢れている。”逆さまの蒼穹”の浅層から持ち帰られたばかりの、色とりどりの魔石や魔物の骨、奇妙な形をした植物などが、あちこちの露店で大声とともに取引されていた。ドワーフの鍛冶屋が槌を振るう甲高い金属音が、街を彩る音楽のように響き渡る。
「むー……」
人混みを歩きながら、メルティナはあからさまに頬を膨らませ、唇を尖らせていた。
「せっかくの初デートだったのにぃ……カイルは大きくて目立つし……ゼータは保護者面だし……むすぅ……」
「あの――メルさん」
ぶつぶつと文句を垂れるメルティナの袖を、ソラスが恐る恐る引いた。青い瞳が少しだけ不安そうに見上げてくる。
「もしかして、みんなで来るの、嫌でしたか……?」
「へっ!?」
「私、みんなと一緒で嬉しいんですけど……メルさんが怒ってるなら、その……」
しゅん、と眉を下げるソラス。その瞬間、メルティナの脳内で何かが爆発した。
「い、嫌なわけなーいっ! 怒ってもなーい! 全ッ然、怒ってないよぉ!!」
メルティナは先ほどまでの不機嫌を秒でかなぐり捨て、ソラスの両手をぎゅっと握りしめた。ルビーの瞳がとろけるような甘い光を放っている。
「ソラスちゃんと一緒にお買い物できるだけで、メルお姉さんはすっごく幸せなの! ほら、あのお店! ソラスちゃんに似合いそうなローブがいっぱいあるよ、行こっ!」
「あ、はい!」
ソラスの腕を引き、花が咲いたような笑顔で駆け出していくメルティナ。その後ろ姿を見送るゼータは深いため息をついた。
「……あの子……ソラスに対してだけ露骨に態度が違うわね」
「分かりやすくていいじゃねえか。まあ、ソラス嬢ちゃんが可愛いのは同感だがな」
カイルが肩をすくめて笑うと、ハイネスも静かに同意するように頷く。一行が足を踏み入れたのは、魔法使い用の装備を専門に扱う高級武具店だった。壁には魔物を素材にしたローブや、属性を強化する杖などがずらりと並んでいる。
「ソラスは自分で氷の剣やゴーレムを作り出せるから、武器は必要ないわね。必要なのは、迷宮の瘴気や不意の攻撃から身を守る防具と……魔力の暴走を抑えるための”制御具”よ」
ゼータが店主に事情――前代未聞の魔力であること――を伏せつつ要望を伝えると、奥から最高級の魔怪蚕の糸で編まれたローブがいくつも運び出されてきた。
「ソラスちゃん! これなんてどうかな!? 絶対似合うよ!」
メルティナが目を輝かせて持ってきたのは、雪のように白い生地に、銀糸で風紡ぎの国の伝統的な刺繍が施されたローブだった。防刃・防魔の機能が極めて高く、何より信じられないほど軽い。
「わぁ……すごく、綺麗」
「着てみて着てみて! 私が着せてあげるからっ!」
試着室に押し込まれ、やがて出てきたソラスの姿に、店内の全員が息を呑んだ。艶やかな銀髪とローブの白銀が見事に調和している。ライトリム村の冷たい尖塔に籠っていた魔女ではなく、神話の中から抜け出してきた本物の妖精のような、神秘的で愛らしい姿。
「……っ!! 尊い……!」
メルティナは声にならない悲鳴を上げながら、両手で口元を覆ってその場に崩れ落ちた。どうやら限界を迎えたらしい。
「悪くねえな。動きやすそうだし、防御力も高そうだ」
「……似合っている」
カイルが腕を組み、ハイネスもぽつりと賞賛をこぼす。ゼータは満足げに頷くと、さらに銀細工の美しいチョーカーを一つ選び、ソラスの首元に当てた。
「これは”静寂の銀”。魔力の急激な出力をある程度抑えてくれる魔道具よ。……これであんたも、立派な冒険者ね」
「ゼータさん……」
鏡に映る自分の姿を見るソラスの胸に、じわりと温かいものが広がる。エルディアでは、着るものも、食べるものも、全て自分で最小限を見繕うだけだった。けれど今は、仲間たちが自分のために悩み、選び、そして笑いかけてくれている。
「……ありがとうございます。私、すごく嬉しいです」
振り返り、花が綻ぶような笑顔を向けるソラス。その眩しすぎる笑顔に、今度はメルティナだけでなく、カイルもハイネスも――そしてゼータでさえも一瞬だけ言葉を失い、ほんのりと頬を染めた。
「そ、そう。なら良かったわ。……カイル、お会計!」
「お……おう! 任せとけ!」
「メルティナ、いつまでも倒れてないで立つ! 次に行くわよ!」
「ふぇぇ……天使がいるよぉ……」
慌ただしく、けれど優しさに満ちた買い出し。装備を整え、四星の温かさに触れたソラスはいよいよ明日、果てなき地下迷宮”逆さまの蒼穹”へとその足を踏み入れることになる。
■
グランフォートの街の最深部。そこには、都市の熱狂を丸ごと飲み込むような巨大な穴が口を開けていた。厳重な防壁と検問を抜けた先に広がるのは、常識を嘲笑うかのような異質な空間だ。
地下へと向かう果てしない螺旋階段。しかし、ふと見上げれば、そこには冷たい岩肌ではなく、どこまでも続く蒼い空が広がっている。下へ潜るほどに深まるはずの闇を退け、足元から不思議な光が湧き上がり、頭上には偽りの天穹が広がっているのだ。
「これが……”逆さまの蒼穹”……」
螺旋階段の入り口に立ったソラスは、その壮大な光景に息を呑んだ。吸い込まれそうな底なしの深淵と、見上げれば果てしない空。上下の感覚が狂いそうになる、美しくも恐ろしい迷宮。
「初めて見ると、みんなそういう顔をするわ」
先頭を歩くゼータが、肩越しに振り返って小さく笑った。
「あの空は、迷宮が作り出した幻影みたいなものよ。だけど、あそこに満ちている魔力は本物。人々の欲望や願い、未練……そういう業が澱のように底へ底へと溜まって、この独自の生態系を作り出していると考えられているの」
ゼータの言葉にソラスはこくりと頷く。故郷の森とは違う、混沌とした意思の集合体だが、不思議と恐ろしさは感じなかった。彼女の内に眠る強大な魔力が、この空間と静かに共鳴しているようにも思える。
「よし、お嬢ちゃん。気合い入れていくぞ!」
カイルが戦斧グラウを肩に担ぎ直し、分厚い胸板を叩く。ハイネスはすでに二本の短剣の柄に手を置き、気配を殺して周囲を警戒し始めていた。
「出発の前に。今回の依頼のおさらいよ」
ゼータが羊皮紙を取り出し、全員の顔を見回した。
「目的地は第十二階層。ギルドからの直々の依頼で、最近その階層で異常繁殖している”嘆きの晶獣”の討伐と、その核となる鉱石の採取ね。本来ならC級やB級が受けるレベルの依頼だけど、今回はソラスの実戦テストも兼ねているから、私たちがサポートに入る」
そこまで言って、ゼータはソラスを真っ直ぐに見据えた。
「ソラス。あんたの魔力は規格外だけど、迷宮での戦いは魔力の大きさだけで決まるわけじゃない。地形、連携、そして魔物の性質を見極めることが重要よ。……危なくなったら、すぐに私たちが前に出る。だから、まずは自分のペースで動いてみなさい」
「はいっ! 分かりました!」
ソラスが新しい白銀のローブの裾をぎゅっと握りしめて返事をすると、横からものすごい勢いでメルティナが抱きついてきた。
「大丈夫だよソラスちゃん! 万が一の時は、このメルお姉さんが全身全霊、命に代えてもソラスちゃんを守り抜くからね! だから安心して私の背中に隠れて、あわよくばそのまま抱きついてくれても……っ!」
「おいメル、気が散る。離れろ」
「ひゃんっ!」
ハイネスが冷ややかな声でたしなめると、メルティナは渋々といった様子でソラスから離れた。それでも、輝くルビーの瞳は”いつでも守るからね”と熱烈に語りかけている。
「……じゃあ、行くわよ。暁月の四星、そして特待生ソラス。迷宮探索、開始」
ゼータの号令とともに、一行は螺旋階段を下り始めた。第一階層、第二階層と下っていくにつれ、空気は冷たく、そして重密になっていく。
壁面には発光する苔が群生し、時折、影の中から自然発生した下級の魔物――牙を持った巨大な蝙蝠や、泥から生まれたスライム――が襲いかかってきたが、それらはソラスが指先を向けるまでもなく、カイルの斧とハイネスの短剣によって瞬く間に処理されていった。
「すごい……」
ソラスは、四星の洗練された動きに見惚れていた。カイルの圧倒的なパワーが敵の陣形を崩し、ハイネスが無音の刃”音喰い”で死角から急所を穿つ。ゼータが双剣で敵の魔法を切り裂き、メルティナが的確な補助魔法で全員の動きを加速させる。無駄の一切ない完璧な連携。これが、A級冒険者パーティの実力。
「ソラスちゃん、気を付けてね。この辺りから、空気が変わるから」
第十階層を越えたあたりで、メルティナの声が真剣なものに変わった。彼女の言う通り、肌に張り付くような魔力の質が、明らかに泥濘のように重くなっている。
「……来る」
先頭のハイネスが、ピタリと足を止めた。薄暗い通路の奥から、ガシャ、ガシャと、硬質な足音が複数近づいてくる。仄青い光に照らされて姿を現したのは、全身が水晶のような鉱石で覆われた獣――嘆きの晶獣だった。
狼のようなフォルムだが、その眼窩には目玉がなく、代わりにどす黒い欲望の残滓がドロドロと渦巻いている。迷宮を訪れた冒険者たちの富への執着や死への恐怖が結晶化した、厄介な魔物だ。
「数が……多いわね。二十、いや、三十はいる」
ゼータが双剣を抜き放ち、カイルが”聖盤ボルガノス”を構えて前に出る。
「よし、ソラス! ここは嬢ちゃんの出番だ。俺たちが見てる、思いっ切りやってみろ!」
カイルの豪快な声援に背中を押され、ソラスは大きく深呼吸をした。
「……分かりました!」
白銀のローブが魔力を帯びてふわりと舞い上がる。ソラスは迫り来る晶獣の群れに向かって、そっと両手をかざした。かつては暴走を恐れて”抑え込む”ことしかできなかった力。しかし今は違う。首元のチョーカー”静寂の銀”が急激な出力のブレを中和し、何より、背中に頼もしい仲間たちがいる。
「――止まって」
小さく澄んだ声が迷宮に響く。次の瞬間、最前列で跳躍しようとしていた晶獣たちの足元から、凄まじい勢いで氷の蔦が這い出した。
バキバキバキッ!
「ギィァアアアッ!?」
氷の蔦は意思を持つ生き物のように晶獣の四肢に絡みつき、その硬質な水晶の体をミシミシと締め上げる。さらにソラスが軽く指を弾くと、晶獣たちの頭上に、巨大な氷の質量――鋭利な氷柱の群れが、音もなく顕現した。当然のように詠唱なし。躊躇いも、魔力の溜めもない。
「……いっけぇーっ、ソラスちゃーん!!」
後方にいるメルティナが、半ばアイドルの応援のようなテンションで歓声を上げる。ソラスの青い瞳が迷宮の闇の中で静かに、そして力強く輝きを放った。彼女の澄んだ声とともに、頭上に顕現した無数の氷柱が豪雨のごとく降り注ぐ。
ガガガガガッ!!
硬質な水晶が砕け散る不協和音が、迷宮の通路に反響する。氷の蔦に縫い留められた晶獣たちは、圧倒的な質量の前に為す術もなく粉砕され、光の粒子となり霧散していった。
「ふぅ……」
ソラスが小さく息を吐き、かざしていた手を下ろす。正面にひしめいていた三十体近い魔物の群れは、ものの数秒で一掃されていた。
「す、すごぉーいっ! ソラスちゃん大勝利!!」
メルティナがパチパチと両手を叩いて歓喜の声を上げ、カイルも”ハッ、俺の出番が全くねえな!”と肩に担いだ戦斧を下ろして豪快に笑う。目標の群れを難なく殲滅し、誰もが安堵したその一瞬だった。
「……待て」
最後尾で警戒していたハイネスのアクアマリンの瞳が、ふいに驚愕に見開かれた。元盗賊である彼の超感覚が、あり得ない空白を捉えたのだ。音がない。気配もない。だが、殺意だけが頭上と背後の死角から急激に膨れ上がる。
「上と後ろだッ!!」
ハイネスの叫びと同時に、迷宮の暗がり――天井に張り付いていた鍾乳石の陰や後方の物陰などから、気配を完全に殺して潜んでいた晶獣の別働隊が、一斉に牙を剥いて襲いかかってきた。その数およそ十。正面の群れを囮にし、獲物が油断した隙を突く戦術だ。
「なっ……伏兵!? 晶獣にこんな知能があるはずない……!」
ゼータが戦慄の声を上げる。晶獣は、欲や恐怖が具現化しただけの本能で動く獣のはずだ。自らの気配を絶ち、連携して死角から不意を打つなど、高度な知性を持つ魔物でなければ不可能な芸当だった。
四星の反応は早かった。ゼータが双剣を翻し、カイルが大盾を構え直し、メルティナが防御結界の詠唱を口走り、ハイネスが短剣を逆手に持ち替える。とはいえ、相手は完全にタイミングを計った奇襲。彼らの迎撃は、致命的な数舜の遅れを余儀なくされていた。牙が、爪が、四星に届く――そう思われた瞬間。
「……そこかな」
ソラスの青い瞳が、迷宮の薄闇を静かに見透かした。彼女には見えている。肉眼ではない。彼女を中心として全方位に張り巡らされた、極薄の魔力による感知網だ。世界と一体化した彼女の感覚は、空間の僅かな歪みすらも波紋のように捉え、死角から迫る脅威を完全に把握していた。
ソラスの白い指先が指揮者のように虚空を弾く。
ドゴォォォォンッ!!
カイルの巨体の背後から迫っていた二体の晶獣が、見えない巨大な壁に激突したように空中で弾け飛ぶ。ソラスが放った不可視の斥力だった。晶獣たちは自らの突進の勢いと少女の斥力に挟まれ、文字通り粉々に圧殺された。
「えっ!?」
さらにゼータとメルティナの頭上から音もなく降下してきた個体に対しては、ソラスの背後に浮遊していた氷の剣が、まるで意思を持つ自律兵器のように射出された。
ヒュンッ! キィィン!
四星の頭上すれすれを、音速の氷刃がすり抜ける。氷の剣は空中にいる晶獣の眉間を的確に貫き、そのまま勢いよく迷宮の天井へと縫い付けた。ハイネスの死角から回り込もうとした残りの個体も、足元から突如として隆起した氷の槍に腹を串刺しにされ、悲鳴を上げる間もなく絶命する。
斥力による圧殺。
氷剣の自動迎撃。
氷槍の奇襲。
わずか数拍のうちに、四星が迎撃の体勢を完了させるよりも早く、ソラスは一人で死角からの強襲を全て撃ち落としてみせたのだ。パラパラと、砕けた水晶の欠片が雪のように降り注ぐ。再び訪れた静寂の中、四星のメンバーは呆然と武器を構えたまま固まっていた。
「……あ、危なかったですね」
ソラスが、白銀のローブをふわりと揺らして振り返る。その顔には死線を潜り抜けた恐怖も、圧倒的な力を見せつけた驕りもない。ただ、仲間が無事であったことにホッと胸を撫で下ろしているだけだった。
「……マジかよ」
カイルが乾いた笑いを漏らす。ゼータは双剣をゆっくりと下ろし、信じられないものを見る目でソラスを見つめた。
「あんた……私たちが気付くより前に、伏兵の存在を察知してたの?」
「はい。なんか……空間がそこだけ嫌な感じに歪んでいたので。皆さんに当たる前に、弾いておこうかなって」
空間の歪みを感じ取る。そんな神がかった感知能力をふんわりとした言葉で表現するソラスに、ゼータは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
「……索敵役として、立つ瀬がないな」
ハイネスが短剣を鞘に収めながらぽつりと呟く。そのアクアマリンの瞳には、かつてないほどの驚愕と、底知れない畏敬の色が浮かんでいた。
「だーっ! もう、ソラスちゃんかっこよすぎるぅっ!!」
一人だけテンションの違うメルティナが、涙目でソラスに飛びついていく。
「私、今本気で死ぬかと思ったのに! 後ろからギュンッて氷の剣が飛んできて、悪い魔物をやっつけてくれて! もう、これ完全に運命の騎士様だよ!!」
「あわわ、メルさん、苦しいです……っ」
メルティナの胸に顔を埋められ、わたわたと手を振るソラス。その強さと普段のどこか抜けた可愛らしさとのギャップに、暁月の四星は完全にペースを乱されていた。
「……はぁ。とりあえず、怪我がなくて良かったわ」
ゼータが大きく息を吐き出し、周囲に散らばる晶獣の残骸――ドロップアイテムである鉱石――を見下ろす。
「ソラスの感知能力のおかげで助かったのは事実よ。ありがとう。……でも」
ゼータの碧い瞳が迷宮の奥深く――さらに下層へと続く暗闇を、険しい表情で睨み据えた。
「晶獣が知性を持って、連携して奇襲を仕掛けてきた。これは明らかに異常事態。迷宮の中で……何かが起きている」
その言葉に四星の空気が引き締まる。ソラスもまたゼータの視線を追い、迷宮の奥底から這い上がってくる”もっと嫌な感じ”に、密かに眉をひそめていた。
「……カイル、ハイネス。ドロップした晶獣の核を手早く回収して。規定数が集まり次第、すぐにここを出るわよ」
ゼータの鋭い指示が飛び、四星のメンバーは即座に動いた。カイルが巨大な手で器用に砕けた水晶の中から淡く光る鉱石を拾い集め、ハイネスが周囲の警戒を続ける。
「ほら、ソラスちゃん見て見て! 一番大きくて綺麗な核! ソラスちゃんの瞳みたいに澄んだ青色だよ!」
メルティナが泥一つ跳ねていないソラスの元へ駆け寄り、両手で大切そうに青い鉱石を掲げてみせる。
「わぁ……本当ですね。冷たくて、綺麗……」
「でしょでしょ! あとでギルドで換金せずに、これを加工してソラスちゃんとお揃いのペンダントを作っちゃおっかなー、なんて……えへへっ」
頬を染めてすり寄るメルティナを、ゼータが”遊びじゃないのよ”とジト目でたしなめつつ、皮袋に鉱石を収めた。
「これで依頼の数は満たしたわ。……本来ならもう少し下の階層までマッピングを進めたいところだけど、魔物が連携して奇襲を仕掛けてくる異常事態だし。これ以上の長居は無用ね。地上へ帰還して、ギルドマスターに報告を上げる」
優秀な冒険者ほど引き際を違えない。A級であるゼータの判断に異論を挟む者は誰もいなかった。ソラスもまた、迷宮の底から立ち上ってくる悪意がさらに濃くなる前にここを離れることに、内心で深く安堵していた。
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