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天使の神殿。
黄金の光が高い天井から降り注ぎ、幾本もの柱の間を静かに照らしている。
祈りの残響のような静けさの中、少年は背筋を伸ばし、緊張を抑えながらその場に立っていた。
「アゼリアか。もう体調は大丈夫なのかい?」
明るい声が、静寂を柔らかく破る。
大天使ミカリス・セラフィムは楽しげに笑い、軽やかに翼を揺らしていた。
その姿は、これから裁きを下す存在というより、旧友に再会したかのような朗らかさに満ちている。
少年は、思わず少し肩の力を抜き、浅く頷いた。
「おはようございます、ミカリス様。ご心配をおかけして、申し訳ございません。」
ミカリスはふっと笑いながら歩み寄り、気安い仕草で少年の肩に手を置く。
「気にするな。前線で倒れたと聞いたときは肝を冷やしたぞ。…今日は、捕虜の悪魔の件で来たのだろう?」
その口調はあくまで穏やかだ。
「まあまあ、そんなに堅くならなくてもいい。アゼリアは昔から真面目すぎるんだからな。」
「…その件なのですが…」
言葉を選ぶ間もなく、空気が変わった。
ーーーー
「…捕虜を? お前の判断で?」
声は低くなり、わずかな間が置かれる。
先ほどまでの柔らかさは消え、冷酷さと威圧感が滲み出ていた。
少年は小さく息を吸い、視線を伏せる。
「はい…。戦場で討つべきか迷った末に、私自身の判断で確保しました。ですが、それは…情報を引き出せる可能性があると考えたためです。」
用意していた言葉だった。
それでも、声の奥が微かに揺れる。
ちらりと、ミカリスの顔を窺う。
ーー嘘は、見抜かれないだろうか。
ミカリスは一瞬だけ眉をひそめ、それから、軽く笑った。
「ふむ…情報収集か。ふふ、実に貴様らしい。」
弾むような声。
しかし、その目は笑っていなかった。
氷の刃のような冷たい光が、少年を射抜く。
「だがな」
一歩、距離を詰める。
「たとえ情報収集の名目であろうと、悪魔を生かしておくことは許されぬ。存在そのものが汚染だ。討つか、滅ぼすか。それ以外の選択肢はない。」
翼が大きく広げられる。
神殿全体に、重苦しい圧が満ちていく。
「…承知しております…」
口ではそう答えながら、胸の奥で別の声が響いていた。
本当は、殺したくない。
だが、それを口にすることはできない。
ミカリスは深く息を吐き、翼をゆっくりと畳む。
声は冷たく、しかし異様なほど落ち着いていた。
「捕虜の件は、お前に任せよう。だが、決して情を抱くなよ?」
視線が鋭くなる。
「悪魔は、悪魔だ。利用価値がないと判断した場合は、即刻、処刑するように。」
少年は、静かに頷いた。
「…はい」
その返事に偽りはない。
だが、胸の内では問いが消えなかった。
正義とは、何なのか。
命を選別するこの行為は、本当に“正しさ”なのか。
黄金の光に包まれた神殿で、
少年はその問いを、誰にも聞こえぬまま抱え続けていた。