土曜日は朝から、悠真くんは映画の御礼舞台挨拶に追われていたようだ。
「おはようございます!
今朝はめっちゃ早起き。
鈴宮さんがいないから
代わりに枕を抱きしめたけど、全然ダメ×」
こんなメッセージを朝イチでくれたが、その後、ずっと連絡はなし。
一方の私は金曜日の帰りが遅かったので、大幅に寝坊。起きた後は家事に追われ、買い物に向かう。一度帰宅し、購入したものを冷蔵庫にしまった後、ケーキ屋に向かった。
このお店はケーキもそうだが、焼き菓子が充実している。しかもパッケージがとても可愛い。明日、中村先輩のお宅訪問にあたり、手土産として焼き菓子を買うことにしたのだ。
来月はクリスマスが近いから、サンタやトナカイ、ツリー、靴下をモチーフにしたラッピングやギフトボックスも多い。
クリスマス。
そう、もうすぐクリスマス。
……悠真くんはきっとクリスマスも仕事なんだろうな……。
そんなことを思いながら、名物の焼きドーナツ、マドレーヌなどを選び、ラッピングしてもらう。
中村先輩の家には十人近くがくることになる。その人数分+αを購入したので、焼き菓子とはいえ、結構な重さになった。
帰宅した後、自分のおやつ用に買った定番のフルーツロールケーキは、一人用のカットされたものと、ドーンと一本大きなサイズのものが売っている。いつかあの大きなサイズを食べたいと思っていたので、一人用のロールケーキの写真と共に、悠真くんにメッセージを送った。
「悠真くん、このお店、知っていますか?
フルーツ入りのロールケーキが有名なの。
カットされたものをおやつで買ったけど……。
どーんと一本、ビックサイズ、これも食べたい!
でも一人では食べきれないから……。
悠真くんに助けてもらえると嬉しいかもです」
メッセージを打ち終わった後。
あ、私って乙女している……と、思わず頬が赤くなる。
……悠真くん、どんな返事くれるかな?
ドキドキしながらメッセージを送った後は、スマホは放置。
返信はどうしたって気になってしまうから、夕ご飯の下ごしらえをすることにした。
結局。
悠真くんから返事が来たのは22時過ぎだった。
お風呂から出て、スマホを手に取り「新着メッセージ」の通知を見ると、もうテンションがあがりまくり。悠真くんからの返事とは限らないのに。なぜか絶対に悠真くんだと思え、メッセージアプリを起動し、その返信にとろけそうになる。
「え、そんなスイーツのお店、どこにあるんですか?
僕、知りません!
行きたいですよ、鈴宮さん。
ロールケーキ、1本買いましょう。
僕が食べさせてあげたら、多分、鈴宮さん、一人でも食べきれるのでは?
なーんて。
ちゃんと僕が頑張るんで、大丈夫ですよ」
悠真くんが食べさせてくれるって……。
昨日のメッセージで言っていた「あーん」をしてくれるということよね……。
それをされたら……。
ヤバい、想像すると鼻血が出そう。
というか悠真くんから「あーん」をされたら、確かにもう食べられないと思っても、頑張って食べてしまいそうな気がする。
妄想がどんどん膨らみ、この日の夜は……。
とても幸せな夢を見ることができた。
***
「うわぁ~、すごい! 広い、高い、見晴らしがいい! 都心の街並みがめっちゃ綺麗に見えますね!」
「本当ですね。さすがタワマンですね」
「っていうか、ここで一人暮らしなんて……先輩、勿体ないっす!」
中村先輩のマンションを訪れたみんなは、口々に先輩の部屋について、感想をもらす。その様子からみんな、既に中村先輩が離婚していることも知っているようだ。
若手のみんなは意外とそういう情報に敏感。入社6年目ともなると、同期が退職したり、転職していることも多いから、社内情報に疎くなる。男性社員はいまだたばこコミュニケーションや飲みニュケーションがあるみたいだけど……。女性はそうもいかない。
まずはリビングルームやダイニングルームを見せてもらい、その後はみんながお土産を中村先輩に渡し、それが終わると昼食作りがスタートだ。
既に中村先輩がホームベーカリーでピザ生地を用意してくれていた。だから生地をのばし、トッピングを用意し、それをのせていく。ピザ作りと同時にサラダやお土産のオードブルをお皿に並べたり、ワインやビールを開けたりと、もうキッチンとダイニングルームは大賑わい。
私はピザを作る気満々だった。よってエプロンも持参している。シルバーラメのカットソーにジーンズのロングスカートという装いしていたが、これに持参したエプロンを付け、ピザ作りに挑んでいたのだが。
エプロンを持参し、つけているのは私だけだった。
その結果……。
「なんかそーやって中村先輩とエプロン姿の鈴宮先輩がピザのトッピングを一緒にしていると、夫婦みたいに見えますね」
岡本くんがそんなことを言い出し、「確かに!」「お似合いかも!」「普段から仲がいいし」とみんなが勝手に盛り上がり始めた。私は「それは中村先輩に対して、失礼でしょー!」と顔を赤くし、反論する。
「みんな、まだお酒も飲んでいないのに、酔っ払いみたいなことを言い出して、困りますよね」
私がそう言うと、中村先輩は……。
「……俺と鈴宮は年齢も近いしな。それにお互いに独り身だし。彼氏も彼女もいない。だったらそう見えても、おかしくないよな?」
もう先輩まで本気とも冗談とも分からないことを言い出して!
「鈴宮先輩、スパークリングワイン開けちゃいました! 飲みながら料理って楽しいですよぉ!」
森山さんがグラスを私に渡す。
結局、料理を用意している最中からアルコールがスタートし、そしてピザの準備も着々と進む。いい香りがキッチンから漂い、皆、お腹をすかせたところでピザが焼き上がった。
10人もいるからピザは4枚焼いた。
シンプルなマルゲリータ、生ハム・ルッコラ・チーズをのせたパルマ、4種類のチーズをのせたクアトロ・フォルマッジ、サラミ・チキン・唐辛子をトッピングしたディアボラと、どれもお酒が進むピザ!
手土産の生春巻き、フォグラのテリーヌ、ポテトサラダ、ローストビーフ、ラザニアなどもあり、もう、よく食べ、よく飲みで大盛り上がり。
しかもリビングルームには、体を動かして遊ぶスポーツゲームがあったので、ボウリングをやったり、テニスで対戦をしたり、食後も楽しみが尽きない。
人数もいるから、皆で手分けして片付けをしつつ、コーヒーと手土産のお菓子を準備すると、今度は映画鑑賞となった。
広々としたリビングルームには60インチの液晶テレビがあり、ゲームをやるにも映画も観るにも迫力満点! ソファも広々として、ダイニングルームのテーブル席からでも、映画はちゃんと観られる。思い思いの場所に座り、2時間半のアクション大作を楽しむことになった。
実はその映画を観たことがあった私は、みんなの飲み物の様子を見て、おかわりとなるコーヒーを用意することにした。一旦、テーブルに置かれている空のマグカップを回収し、キッチンへ向かうと……。
「鈴宮、ありがとう。今、上映している作品、俺は観たことがある。だからコーヒーの準備は俺がやるから、鈴宮はリビングに戻っていいよ」
中村先輩が気づかって、キッチンに来てくれた。
「実は私も観たんですよ。だから大丈夫ですよ」
「……! そうだったのか。……じゃあ、二人で用意するか。俺、マグカップを洗うよ」
「あ、ではお願いします」
私はコーヒーメーカーの準備を始め、中村先輩はマグカップを洗い始めた。
「先輩、食器とかホント、揃っていますね。よく自宅でパーティーとかしていたんですか?」
「そうだな。……元嫁が交友関係広くて、外国人の友達が多かった。彼らはわいわいがやがやパーティーするのが好きだから」
そいうことか。
だからこんなに食器やグラスも沢山あるのね。
部屋も広いし、ここで一人暮らしは……。
「見ての通り、この部屋は一人暮らし向きじゃない……。その、一緒にいてくれる人がほしくなる」
「まあ、それはそうですよね。でも中村先輩ならモテそうですし、独身なんだ、って分かれば、アピールしてくれる女子も多そうですけど」
中村先輩は、邪魔になるからと結婚指輪は休みの日にしかつけない派だった。それに慣れている人は、離婚したと気づいていないと思うのだ。
「まあ、もしそうなら、一人の男としてはありがたいけど……」
そこで中村先輩は洗い場のお湯をとめると、布巾で手を拭きながら、私を見た。
「社内だし、迂闊には返事、しにくいと思う。だからゆっくり考えてもらって構わない。それに本当はもう少し、時間をかけるつもりだった。でも街はクリスマスの雰囲気で、なんというか、みんな恋愛モードになりつつある。のんびり構えていると、他の誰かにとられそうだから……」
突然そんなことを言い出した中村先輩は頬を赤くし、自身の髪をかきあげた。私は何を言いたいのだろう?とセットできたコーヒーメーカーのスイッチを押した。
「鈴宮、俺さ、好きなんだよ。鈴宮のこと。食事も、ただの先輩後輩としてではなく、恋人としてお願いしたいんだ」
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