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ルパン三世が死んだ。
マスメディアはこのことで大忙し。テレビも、ラジオも、新聞も、ニュースアプリも、SNSだって、ルパン、ルパン、あのルパン三世が死んだと騒いでいる。
ルパン三世の素顔は、ルパンの知り合いや偉い人々だけが見れないはずだったが、そのうちの一人がインターネット上に流し、揉み消そうとする人とそれを批判する人が出てきて、余計に騒ぎが大きくなった。
今はAIで生成された誰でもない顔が世界中に流れ、どれがルパン三世の素顔なのか、よくわからないけれど。
僕はどうでもよかった。興味がなかったから。
馬鹿みたいにクラスの奴らはその話ばっかり。良い歳した教師は昔話混じりにルパンの話。そんな話をする暇があるなら、さっさと授業を進めてほしかった。
みんなが洗脳にかけられたように見えて気味が悪かった。
どこを見ても、どこに行っても、同じ話をしている。
時折 僕が間違っているように思える。
ルパン三世が死んだせいで。
それまでは何ら変わりない世界だったじゃないか。
ちょっと有名な人が死んだって、そうか って言って。そりゃ、ファンはずっと悲しいかも知れないけれど、その程度だったじゃないか。
たまに、その人の話になって、あの人は凄かった かつてこんなことをした 愛されていた と取り上げて、そしてまた、そうか となるだけ。その程度だったじゃないか。
それらと、何が違うというのか。
『ルパン三世』の何がそこまで特別なのか。
ここで、勘違いしてほしくないのが、僕が冷酷な人間ではないということだ。
僕だって、死んだ人のファンだった。僕は心底悲しかった。何年も前から愛していた人だったから。その人のことを求めて、僕は世界中駆け巡った。その人がそこにいるなら、そこに必ず僕もいた。
その人が死んで、今もなお、その話ばかりするのは、昔話混じりにその人の話をするのは、僕程度しかいないのだ。
はっきり言おう。世界中を揺るがせた大スターが『その程度』なのだ。
僕の愛したその人が、今のような扱いを受けていたらどれほど嬉しいことだったか。
あの人と、『ルパン三世』とで、何が違うのか。
そういえば、今日は暑い日だ。初夏。夏は嫌いだ。冬はいい、自由だから。
でも夏は、気味の悪い話をするのにうってつけの時期だ。
動画はルパンの都市伝説や特集がおすすめ欄を埋めている。テレビには、泣きながら思い出話を語る刑事。背中をさする若いもう一人の刑事。太文字の五文字の見出し。どこにでも飾られる弔いの花束。
これらを『気味の悪い』と言わずして、何と言うのか。
ルパン三世は何者か 神か 泥棒が 神?泥棒が神になれるのなら、僕にだってなれる。
「違いますか」
「そうですねえ」
「僕はよくわからない やっぱり 僕が間違っているのか」
「いいえ そんなことはありませんわ」
「それなら どうして?」
「ううん」「あの方は ヒーローなの」
「ヒーロー?泥棒が?どうして」
「どうしてかしらね」
「僕はルパン三世に会ったことがない いやほとんどの人がそうだ なのに人々はどうして彼の死を悲しむ?」「僕にはわからない」「ちっとも…」
「私はあの方が亡くなって悲しいわ」「でも 悲しくないと思うのはおかしいことだとは思いません」「感じ方なんてひとそれぞれだもの 今回はたまたま悲しむ人が多かっただけで あなたは間違ってはいない」
「…………」「ごめんなさい」「僕もあなたの言っていることが間違っていると思いません」「でも なぜか 下手に同情されているような感じがしてしまいました」「やっぱり僕は おかしい」「いや おかしくなってしまった」
「それは」「おじさまが亡くなったから?」
「わかりません」「でも 今 思ったのは」「僕の感じた違和感は 不快感は 気味の悪さは」「ルパン三世が直接僕に関わって生まれたものではなく 僕の脳が勝手に生んだもの」「原因は僕以外の何物でもなかった」「僕は身勝手であった 僕の感じたものをすべて『ルパン三世』のせいにした」
「…」「あなたは今 私を通して 過去とは違う考えを得ましたね」
「はい あなたが教えてくれた」
「私も教わったんですよ」
「『ルパン三世』に」
コメント
1件
あら、読み終えたよ… すごく重くて、でも綺麗な空気感のあるお話だったね。 ルパン三世の死をきっかけに、主人公が「自分だけ違う」っていう孤独とか、集団の熱狂に対する違和感を掘り下げていくところが印象的だった。「僕は冷酷な人間ではない」って言い訳するところに、人間らしい弱さを感じたなあ。 最後の「おじさま」って言葉が、そっと心に刺さる感じがしたよ。静かで、でも確かに存在感のある一話だった🌙
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#少し恋愛
きな粉💛✨️🪽
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