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海の紅月くらげさん
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カロンコロン……と乾いたベルの音が静かな店内に響く。
アンティーク調のお洒落な喫茶店で私は九條泉くんと向かい合って座っている。
夏休み中に彼と会っているなんて不思議な気分だ。
「デートみたいだね」
泉くんはそう言って相変わらずの優しい笑顔をみせた。
まるで今までのことなんてなかったかのように彼は変わらない。そのことが少し怖くて……私は彼のことを本当に今まで何もわかっていなかったのだと実感する。
「嬉しいな。水沢さんが僕のこと誘ってくれるだなんて」
泉くんが目を細めて、幸せを噛みしめるように私を見つめている。
今日私が泉くんをここに呼んだのは聞きたいことがあったからだ。でも、いざ本人を前にして理由を聞くのは怖い。
「あの……」
けれど、向き合うために聞かなければいけない気がする。
「どうして、シンデレラゲームをするの?」
泉くんが微笑む。心が見えない隙のない雰囲気が醸し出されている。
彼がこのゲームをする理由がただの暇つぶしとは思えない。私の知らない狙いが彼にはある気がする。
「僕は五人の中の誰かと水沢さんがうまくいったとしても、後でどうにかすればいいから」
「え……?」
身構えてはいたけれど、突拍子のない発言にきょとんとしてしまった。
……どういうこと?
「君を九條の家の事情に巻き込んで縛り付けておければ、それでいい。そうすれば僕にもチャンスはあるからね」
ぽかんとしている私を見て泉くんは楽しげに目を細める。
その表情は悪戯っ子のように無邪気だ。
「僕はね、君のことが好きだよ」
カランとアイスティーの中に入った氷が静かに音を立てる。
言葉が出ない。本当に泉くんが言ったの? これは夢?
周囲の話し声が不思議と耳に届かない。その代わり鮮明に聞こえてくるのは
「すごく好きだよ」
速くなっていく自分の鼓動と泉くんの穏やかな声だけ。
「水沢さんは僕のことを頼ってくれた唯一の存在で、君のことを守りたいって思ってた。結局僕には何も出来なかったけれど」
これは嘘? それとも本心?
泉くんの本当の気持ちがわからない。だって私のことが好きならどうしてこんなゲームをするの? あのとき私のこと振ったようなものじゃない。
「好きだけど今はダメなんだ」
「今は、ダメ……?」
絞り出すようにやっと出た声が震えた。
泉くんから向けられる視線は優しいままだ。
どうして彼はいつもこう変わらないんだろう。私は動揺させられてばかりだというのに。
「僕は九條の長男の息子だから恋愛に自由がないんだ。……つまり真っ当なやり方では叶わない。だからね」
「……っ」
テーブルの上に置いていた私の手がそっと包まれる。
少しひんやりとしていて細くて綺麗。けれど、私よりも大きい男の子の手。
「そのために僕は手駒の彼らを利用する」
視線を上げると、泉くんの表情が先程までとは変わっていることに気づいた。
息を呑む。
初めて見る真剣で熱い眼差し。目が逸らせない。
「奪いにいくよ。君があの中の誰かのモノになった時に」
「私……泉くんの言ってることが理解できない……」
けれど、泉くんは笑顔を浮かべたまま何も答えない。
「私が……他の人を好きになっているかもしれないのに?」
「その時は、また僕のことを好きになってもらうために頑張るよ」
「で、でも!あの五人の中の誰かとなんて限らないよ?」
「その時はまた別の方法を考えるよ」
これが冗談なのか、本気なのかよくわからずに狼狽えてしまう。
自由な恋愛が許されない自体がおかしなことなのかもしれない。けれど、好きな人を手に入れるためにこんなゲームをして、関わりを絶たないようにしようだなんて。
それにみんなにゲーム感覚で願いを叶えてあげると言っている時点で弄んでいるだけだ。
「まぁそれはまだ先の話だから」
「……泉くん」
こんな話されたらどうしたらいいのかわからなくなる。
王子を決めること、和葉のこと実里くんのこと考えないといけないことがたくさんあるのに。
私は本当に泉くんのこと好きだった。
けれど、もう……この恋は終わった。……終わったのに、そのはずなのに。
どうして今更こんなこと言うの……? 泉くんは気づいているのかな。そこに私の意思はどこにもない。
「ねぇ、実里の過去は聞いた?」
「……少し、だけなら」
「そう。じゃあ、少しだけ僕からも話そうかな。昔話」
戸惑う私に泉くんは余裕たっぷりな表情でアイスティーを一口飲んだ。そして、落ち着いた口調で話しだした。