社会人になって数ヵ月が経った。
憧れていた生活とは程遠い。毎日のように上司に怒られてはため息をつく。今日もつまらないミスをして怒られてきたばかりだ。思い出すだけで胃が痛い。
そんなことを考えながら帰路に着く。
暗くなった住宅街を歩いていると、ふと気になるチラシを見つけた。
『忘れたい記憶、ありませんか?
欲しい記憶、ありませんか?
あなたの記憶買い取ります。
ぜひお立ち寄りください。
記憶商店』
どこからどう見ても怪しい。
記憶を売買するなんて聞いたこともないし、そんな魔法のようなことができるはずもないのだ。
ただ、そんな疑いの気持ちと同時に興味も湧いてくる。
本当に記憶を売れるのだろうか。
もしできるなら嫌な記憶も忘れられて金も稼げて一石二鳥。微かな期待を抱き、少しだけ立ち寄ってみることにした。
店の前に立ち、ゆっくりと扉を開ける。
「いらっしゃいませ。」
中には初老の男性が1人。おそらく店主だろう。
「ご用件はなんでしょうか。」
「えっと、記憶を売りに……。」
「売却をご希望ですね。そちらにお座りください。」
椅子に腰掛け、店内を見回す。
店はきれいに整っていて、昔訪れた駄菓子屋のような安心感がある。
普通の店と違うところといえば、水晶玉のようなものがたくさん並べられていること。
「この水晶玉はなんですか?」
「ああ、それは記憶の結晶ですよ。」
「記憶の結晶?」
店主の話によると、持ち主のいない記憶をこの中に移しているらしい。記憶には形がないから管理が難しいとか。
「早速始めましょう。お名前と年齢、ご職業をお願いします。」
「藤田大地、23歳。会社員です。」
「ありがとうございます。では、どの記憶を売りたいですか?」
いざこうやって聞かれると迷う。
仮に忘れたい記憶をお願いして、やっぱりできません、とか言われたら堪ったもんじゃない。できないと言われてもダメージのない記憶……。
「上司に怒られた記憶……とか?」
「その記憶でよろしいですね?」
「はい。」
「では、目を瞑ってください。」
ゆっくりと目を閉じる。
「いきますよ。」
「終わりましたよ。」
店主が俺の肩をポンポンと叩く。
「俺、今まで何を……?」
「記憶を売っていただいたのですよ。こちら、代金の500円です。」
意味が分からない。突然気を失ったと思ったらお金を渡されて……。
そもそも記憶を売るとは一体なんだろうか。そんなことができるはずない。
「覚えていらっしゃらないのですか?」
「俺はなんの記憶を売ったんだ。」
「上司に怒られた記憶を。」
こいつは何を言っているのだろうか。上司に怒られたことなど1度もないのに。
「もう帰ります。」
「ありがとうございました。」
逃げるように店から出る。あそこは一体何だったのだろう。
変な水晶玉がたくさんあったし、記憶を売るとか意味の分からないこと言ってたし。
「早く帰ろう。」
店でもらった500円玉を見つめる。貰ってきてしまったか、怪しいお金ではないだろうか。
何か違法な取引で得たお金だったりとか……。
少し不安になり、早足で帰路につく。
とても疲れたが、なぜか足取りは軽かった。
コメント
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またまたすごい物語をお書きして〜(´・∀・` )続きが気になって夜も眠れませんよーー
これって何エンドなんだろ? ハッピーエンド…?なのかな?