「…」
困った。今は春の真っ只中だというのに、ここに全身びしょ濡れの自分がいる。
しかも彩は何か企んでいるようだし…
今後の行動に警戒せねば。
「里奈ー!里奈里奈里奈里奈里奈ぁー!!!りーなーっ!」
「どうしたの?そんなにあわてて。大丈夫?」
琴葉はすごく興奮していた。耳と尻尾がぶんぶん揺れている。それに顔も真っ赤だった。
「あのねあのねっ!ほら、山の山頂に、桜がいっぱいあるじゃん!?で、いつもは立ち入り禁止だけど、特別に許可されたの!!だから、いっしょにお花見しよーよぉー」
「うんうん。わかった。でも、山頂っていっぱい妖怪がいるんじゃないの?」
「ううん。この前のことで一旦どっかにいったらしいよ。でも、もしいても私が里奈のこと守るから!安心して!」
「わかった…あ。じゃあ…」
こうして。花見当日。
「わーっ!いい天気だぁ!ねっ、里奈」
「うん…でもなんか、全然妖怪の気配しなくて逆に怖…」
「そのようね」
「ひゃっ!?また彩さんですか!?その…背後から登場するのやめてもらえませんか?」
「だって、いっつも里奈が気づかないんだもん。気づけるようになればいいでしょ」
「そんなこと言われても…あ、今日は霜月さんは?」
「ああ、霜月はなんか、一人で考えたいことがあるらしくてさ。誘ったけど来てくれなかった。ほんとに私が来ていいの?」
「もちろん!あと、くらげ…」
「儂もいるぞ?」
「あ、よかった…」
里奈の能力は、妖怪の気配を主に感じ取ることだが、やはりまだ彩やくらげのような百〜千年単位で生きている大妖怪の気配は感じ取れない。感じ取れないと言うか、わからないーつまり、存在感がないということに近い。
「それにしても酷いわよね。霜月ったら、せっかく私が誘ってあげたのに。桜嫌いなのかしら?」
「もしかしたら雪女族だから、ぽかぽか陽気が苦手なのかも!」
「ああ…鞠。たしかに。色白だしねー」
現に、雪女族の里は日が一年中ささない場所にある。それに、年中雪が降っているし、とても寒い。妖怪は寒さを感じないけれど、とても人間が行けるところではない。
「雪女族は血が青いらしい」
「あの無表情の顔と君の悪い容姿は雪女族だ」
と、雪女族への悪口が絶えないこともしばしばあるけれど。
「ささ、私、いっぱいお料理作ってきたよ〜!」
「わぁ!美味しそう!」
「私はいいわ。長く生きてると、あまり食べる気がわかないのよね。最初から食べなくてもいいけど」
「そうだね。彩は“おばあさん”だもんねー」
「なんですってぇ!?昔は人間を食べてたのよ!生贄をもらってね!」
「えっ…」
一気に里奈の顔が青くなる。けれど、琴葉と彩はまだ睨み合ったままだ。
「ああ、でももう食べてないから。最近はね」
「最近…?」
里奈の顔はますます険しくなっていく。彩は、「忘れて」と言わんばかりの顔をする。
「私もお料理作ってきましたよ!人形たちと仲良く作ってー」
進んで割って入るように、鞠がお弁当を差し出してきた。
「わぁ!美味しそう!」
「さ、食べましょ食べましょ」
一時間前ー…
(なんかいやな予感がするんだよなぁ…)
およそ一時間前、霜月はひとりで山の山頂に来ていた。
(それにいつもならあいつが…)
居ない。誰も。
「さーさ、もうすぐですよぉ〜」
(やばい、もう来てる…一旦撤収…)
「今日は風が強いねぇー…」
「うんうん。また妖怪が変な悪さしてるのかなぁ?」
4人は桜を見ながらご飯を食べていた。
「ああ、そういえば…この山頂には、地味に危険な妖怪がいたわよね〜」
彩がこれ見よがしにそう言う。
「え…琴葉、やっぱり危険なんじゃない?」
「大丈夫だって〜ここには私たちもいるし、ちゃんと守るから」
「そうですよぉ。きっと安心です!」
「そうとも言い切れないぞ」
「えっ!?」
里奈が驚いて後ろを振り向くと、霜月がいた。
「いつのまに…?」
「私は気づいてたわよ?何してるのかなぁって、思ってたんだけど」
「…」
「そうとも言い切れないって、どういうことですか?」
「しばらく隠世をまわってきて、いろいろ話を聞いてきた。今、妖怪が活発化してるらしいんだ」
「ふぅーん。よく情報を仕入れたじゃない」
「あのな…」
霜月が少々切れ目に言う。逆に、彩は面白そうに三白眼を細める。
「何を考えているかは知らないが、少々いい加減に…」
「あっ!こんなところにマイクが!」
「ほんとだ!アイドルが持ってるやつみたい!」
琴葉と里奈が盛り上がった。
「!そのマイクに触るんじゃ…」
「え?」
霜月が言うより先に、里奈はマイクを掴んでいた。