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#SCRATCHERS
K-Takasaka
109
#タイムループ
その話が持ち込まれたのは、雨の降る午後だった。
駅から少し離れた通りにある喫茶店で、メバルは六人分の注文を確認していた。テーブルの上には、飲みかけのコーヒー、食べかけのサンドイッチ、誰かが勝手に持ち込んだ古い地図が広がっている。
「カキちゃん、地図の上にポテト置かないで」
「悪い。でも、ここ見てくれよ。この山の形、絶対に洞窟がある」
「ポテトで隠れて見えないよ!」
メバルが皿を端へ寄せると、カキは地図を両手で押さえた。
地図に描かれているのは、町の北側にある山間部だった。採石場や古い鉱山跡が点在し、現在は立ち入りが制限されている地域である。
「洞窟っていうのは、入口を見つけたら中へ入るものだろ?」
カキが当然のように言った。
「危険区域って書いてあるでしょうが!」
「でも、鉱石があるかもしれない」
「機動隊の話をしている時に、どうして採掘の話になるのよ」
メバルが頭を抱える。
向かいに座っていたマサカゲは、テーブルの中央に置かれた一通の封筒を見ていた。
「そろそろ本題に入っていいか?」
「ええ、お願い。カキちゃんの採掘計画を聞いていると、日が暮れそうだから」
「俺の計画はまだ始まっていないぞ」
「始めないで」
マサカゲは封筒を開け、中から数枚の書類を取り出した。
「特殊機動班へのスカウトだ」
メバルは目を瞬かせた。
「……何それ?」
「機動隊の中でも、災害救助、危険施設への進入、武装した相手への対応、行方不明者の捜索などを担当する部隊らしい」
「らしいって、マサカゲちゃんも詳しくないの?」
「詳しいわけがない。俺も昨日、突然この書類を渡された」
カキが身を乗り出す。
「武装した相手って、悪い奴と戦うのか?」
「そういう任務もあるだろうな」
「洞窟の捜索は?」
「救助や捜索ならあるかもしれない」
「入る!」
「決めるのが早い!」
メバルの声が店内に響いた。
隣の席にいたミステーが、封筒の裏側をじっと見ている。
「この封筒、山の匂いがする」
「紙の匂いじゃない?」
「山の匂いだと思う。湿った土と、少しだけ古い鉄の匂い」
「ミステーちゃん、封筒からそこまでわかるの?」
「わからない。でも、そう感じた」
メバルが返事に困っていると、アオノが書類を一枚取り上げた。
「この印章、通常の採用通知とは異なります。表向きは機動隊の候補生募集ですが、実際には特殊任務向けの選抜試験を兼ねています」
「アオノちゃん、もう全部読んだの?」
「三分前に」
「いつの間に……」
アオノは書類を裏返した。
「訓練施設は、北部の旧工業団地。廃工場を改修して使用しています。訓練内容は、障害物走、重量物搬送、負傷者救助、無線通信、車両操作、暗所活動、装備の取り扱い」
「車両操作?」
カキが反応した。
「車を運転するのか?」
「担当者が必要です」
「俺、運転できるぞ」
「カキちゃんは先週、駐車場の柱にぶつかったでしょう」
「あれは柱が見えなかったんだ」
「柱は見える場所に立っていたよ!」
メバルの突っ込みに、マサカゲがため息をついた。
「問題は、なぜ俺たちが選ばれたかだ。機動隊の経験もない。専門的な訓練も受けていない」
その言葉に、店内の空気が少し変わった。
メバルは、書類に記された自分の名前を見た。
自分が誰かを助けたいと思ったことはある。危険な場所で困っている人を見かければ、放っておけない性格でもある。
けれど、それと機動隊員になることは別の話だ。
「急にスカウトされても、普通は断るんじゃない?」
「俺は行く」
カキが即答した。
「理由は?」
「面白そうだから。それに、困っている人を助けられるなら悪くない」
「面白そうって理由だけで、危険な仕事を選ばないでよ」
「じゃあ、メバルちゃんも一緒に来ればいい」
「私は……」
メバルは言葉に詰まった。
カキが無茶をすると止める。ミステーが妙な方向へ行くと引き戻す。マサカゲが一人で抱え込みそうになれば声をかける。アオノの説明が難しすぎれば、みんなにわかるように言い直してもらう。
そういう役割なら、いつものことだった。
しかし、銃声の聞こえる現場や、崩れた建物の中へ入るとなれば話は違う。
「俺は受ける」
マサカゲが言った。
カキが驚いた顔をする。
「マサカゲ、本気か?」
「本気だ。経験がないからこそ、訓練を受ける必要がある。誰かが現場を整理しなければ、全員が危険になる」
「マサカゲちゃんらしいね」
メバルが苦笑した。
ミステーは、テーブルに置かれたスカウト章を指先で回している。
「私は行く。あそこから、変な音がする」
「まだ訓練施設を見ていないでしょう」
「でも、呼んでいる」
「山も施設も、ミステーちゃんを呼びすぎじゃない?」
アオノは書類をまとめた。
「私は参加します。装備や通信設備に興味があります。通常の機動隊では使わない機器が配備されているようです」
「興味の方向がアオノちゃんらしい……」
メバルは残った一人を見た。
店の入り口近くに座っていたK-Tは、最初からほとんど口を開いていなかった。
黒い上着を着て、窓の外を見ている。店に入ってきた時から、通りの様子と出入口の位置を確認していた。
「Kさんは、どうするの?」
メバルが尋ねる。
K-Tは視線を戻した。
「俺とアオノは、すでに配属されている」
「え?」
全員がK-Tを見る。
アオノも驚いてはいなかった。どうやら知っていたらしい。
「ベテラン枠だ。今回、お前たちの訓練担当を兼ねる」
「聞いてない!」
メバルが立ち上がった。
「私たち、候補生としてスカウトされたのに、Kさんとアオノちゃんは最初から隊員なの?」
「そうだ」
「それを先に言ってよ!」
「今言った」
「そういうところ!」
K-Tは表情を変えなかった。
「訓練は明日の朝から。六時集合」
「六時!?」
メバルの声がさらに大きくなる。
カキはなぜか嬉しそうだった。
「早朝訓練か。いいな。山へ行くのか?」
「初日は施設内の基礎訓練です」
アオノが答える。
「内容は、体力測定、装備確認、階段昇降、障害物走、重量物搬送、簡単な救助訓練」
「採掘は?」
「ありません」
「まだ聞いてないだろ」
「顔に出ているから」
マサカゲが書類を読みながら言った。
「集合場所は旧東部工業団地。服装は動きやすいもの。訓練用の装備はこちらで支給。遅刻した場合は参加資格を失う可能性がある」
「カキちゃん、寝坊しないでね」
「俺は寝坊しない。寝る前に起きておく」
「それは寝てないだけだよ!」
ミステーが窓の外を見た。
「明日は雨」
全員が外を見る。
雨はまだ降り続いていた。
「天気予報では晴れです」
アオノが言った。
「でも、明日は雨」
「根拠は?」
「雲がそう言っている」
マサカゲはしばらく黙ってから、書類を封筒へ戻した。
「とにかく、今日は早く休もう。明日の訓練に備える」
店を出ると、冷たい風が吹き抜けた。
メバルは、手元の封筒を見下ろした。
急なスカウト。
聞いたことのない特殊機動班。
経験者のK-Tとアオノ。そして、自分を含めた四人の素人。
本当に自分たちに務まるのだろうか。
「メバルちゃん」
カキが先に歩きながら振り返った。
「明日、何をすると思う?」
「訓練でしょうね」
「訓練の後は?」
「知らないよ」
「洞窟を探す」
「探さない!」
メバルが即座に叫ぶ。
その横で、マサカゲが明日の予定を確認し、アオノが装備一覧を読み、ミステーが雨雲に話しかけている。
K-Tだけは、全員の少し後ろを歩いていた。
歩幅を合わせるためだった。
本人は何も言わなかったが、メバルはそれに気づいた。
K-Tは、すでに周囲を警戒している。
歩道の端、交差点、背後から近づく自転車、暗い路地。危険になりそうなものを、無言で確認していた。
その姿を見て、メバルは少しだけ安心した。
少なくとも、前に出て守る人はいる。
ただし、その人が一人で危険へ向かってしまうタイプだということを、彼女はまだ知らなかった。
翌朝六時。
六人は、旧東部工業団地の入口に集まっていた。
雨上がりの路面には水たまりが残り、古い工場の外壁からは、湿ったコンクリートの匂いが漂っている。
メバルは、集まった顔を見回した。
カキは大きなバッグを背負い、マサカゲはスカウト書類を何度も確認している。ミステーは工場の屋根を見上げ、アオノは無言で腕時計を確認していた。
そして、少し離れた場所にK-Tが立っている。
「これで全員かな?」
メバルが尋ねた。
「たぶん」
アオノが答える。
「たぶんって、アオノちゃんまで不安そうにしないでよ」
「私は、集合場所に来るのが初めてなので」
「初めて?」
「この施設には、来たことがありません」
アオノは淡々と答えた。
その言い方が妙に落ち着いていたため、メバルは少しだけ違和感を覚えた。
「アオノちゃん、こういう訓練って受けたことある?」
「似た内容の訓練なら」
「えっ?」
「ただし、今回の内容は知りません」
アオノがそれ以上説明する前に、施設の正門が開いた。
中から、年配の教官が現れる。
「スカウトされた者は全員そろっているな」
六人は一列に並んだ。
とはいえ、敬礼の仕方を知っている者はいない。マサカゲだけが見よう見まねで手を上げ、カキがそれを真似し、メバルがカキの腕を下ろした。
「カキちゃん、今は真似しなくていいから」
教官は六人を順番に見た。
「本日から、候補生訓練を開始する。訓練期間は十日間。体力、判断力、救助能力、通信、装備操作、仲間との連携を確認する」
カキが手を挙げる。
「洞窟への立ち入り訓練はありますか?」
「ない」
「採掘は?」
「ない」
「まだ採掘とは言っていません」
「言う顔をしている」
ミステーが、教官の背後にある建物を見た。
「この工場には、地下があります」
「旧地下倉庫がある。だが、今日は使わない」
「今日は」
ミステーが復唱する。
メバルは嫌な予感がした。
教官が建物の中へ向かおうとした時、K-Tが短く尋ねた。
「装備は?」
「すぐに配る」
「通信機の周波数は?」
教官が足を止めた。
「なぜそれを聞く?」
「訓練内容に含まれている」
K-Tはスカウト書類を見せた。
教官は書類を受け取り、K-Tを見つめた。
「……そうだったな。お前たちは知らされていないのか」
メバルが眉をひそめる。
「何がですか?」
教官は六人全員を見回した。
「K-Tとアオノは、候補生ではない」
「え?」
カキが声を上げた。
アオノは表情を変えず、K-Tは黙ったままだった。
「二人は、特殊機動班の現役隊員だ。今回の訓練では、候補生の監督および技術支援を担当する」
数秒間、誰も言葉を発しなかった。
「ちょっと待って!」
メバルが最初に声を上げた。
「Kさんとアオノちゃんは、私たちと一緒にスカウトされたんじゃないの?」
「違う」
K-Tが答える。
「最初から知っていたの?」
「そうだ」
「どうして言わなかったのよ!」
「教官から、訓練開始まで黙っているよう指示された」
メバルは教官を振り返った。
「そんなの聞いてません!」
「お前たちに知らせる必要はなかった」
「必要あるでしょう! ずっと同じ候補生だと思っていたのに!」
カキがアオノを見る。
「アオノ、機動隊員だったのか?」
「正確には、特殊機動班の技術担当です。現場支援と装備解析を担当しています」
「じゃあ、昨日の書類を見てすぐ内容がわかったのも?」
「訓練施設の形式を知っていたからです」
「なんで黙ってたんだよ!」
「聞かれなかったので」
「そういう問題じゃない!」
マサカゲはK-Tを見た。
「Kさんも、現場経験があるんですか?」
「ああ」
「どれくらい?」
「必要な分だけ」
「答えになっていない」
ミステーはK-Tの装備をじっと見ていた。
「Kさんは、昨日からずっと出入口を見ていた」
「警戒していた」
「やっぱり候補生ではない」
メバルは大きく息を吐いた。
「じゃあ、今日の訓練は私たち四人のためのもの?」
「基本的にはそうだ」
教官が答える。
「ただし、K-Tとアオノにも別の任務がある。お前たちを観察し、必要なら救助する。場合によっては、実際の現場を想定した判断を任せる」
「救助される前提なの?」
カキが不満そうに言う。
「初回訓練では、誰もが救助される可能性がある」
教官はそう言って、装備室の扉を開けた。
「体力がある者ほど、最初に無理をする。経験がある者ほど、自分だけで処理しようとする。どちらも現場では危険だ」
K-Tが装備室へ入る。
「始める」
「Kさん、急に隊員っぽくならないで!」
メバルが叫ぶ。
アオノは四人へ振り返った。
「装備の使い方で不明点があれば聞いてください」
「アオノちゃんも普通にしてよ!」
「私はいつも普通です」
「それが余計に悔しいの!」
カキは装備袋を受け取り、マサカゲは訓練内容を確認し、ミステーは地下倉庫への扉を探している。
メバルは、まだ納得していなかった。
K-Tとアオノがベテランなら、なぜ自分たちと同じ場所に呼ばれたのか。
なぜ、二人は候補生のふりをしていたのか。
そして、教官が言った「実際の現場を想定した判断」とは何なのか。
疑問を抱えたまま、六人は最初の訓練場へ向かった。
その時、施設の地下から低い振動音が響いた。
アオノが足を止める。
「地下設備が起動しました」
マサカゲが振り返る。
「訓練用か?」
「予定表にはありません」
K-Tが建物の奥を見る。
「全員、止まれ」
メバルたちは反射的に足を止めた。
初めて聞く、K-Tの命令だった。
教官は何も説明しなかった。
ただ、廃工場の奥で、古い警報灯が赤く点滅し始めていた。
候補生四人にとっての初回訓練は、予定より早く始まろうとしていた。
コメント
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第1話、一気に世界観に引き込まれました!メンバーそれぞれの個性が会話のテンポに乗って生き生きしていて、特にカキの「洞窟を探す」発想とそれに全力ツッコミ入れるメバルのコンビが最高でした(笑)。それでいてラストの地下からの振動と赤く点滅する警報灯——「訓練はもう始まってる」感がゾクゾクします。K-Tさんの無口なベテラン感もかっこいい。続きが気になりすぎます!