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凍ったばななとビスコ
「あらた~、おつかれ~」
「え!? 元宮さん!?」
仕事を終え、夜の8時頃、保育園の鍵を閉めようとしていた所に後ろから声がした。
「新の保育園、家の近くって聞いてたから、グルグルマップで調べて来たわ」
「ふふっ、元宮さん、グーグルマップですよ?」
「え!? わざとやで!?」
「もー、絶対本気やったでしょ? ほんまおじさん上司になってしもて」
挨拶も早々に、一瞬であの頃の距離感を取り戻せる。この人の格好をつけない愛嬌のある性格と、それでもどこか色気のある佇まいが、昔の俺は大好きやったな。
「ほんま、おじさんになっていく速度早すぎてな。新に止める方法聞かなあかんな」
なんて優しい笑顔と声で、俺にそう言う。仕事終わりでお疲れなのか、いつもよりもゆったりとした話し方をしているのが元々の穏やかさを強調させていて、なんだか子供みたいで可愛らしい。
「……おかえりなさい、元宮さん」
「ふふっ、ただいま、新」
あの頃みたいに、二人並んで家までの道を歩く。
「……なんか、昔を思い出しますね?」
「そやな」
その時は俺の両手に、いつでも洸くんと弦くんが必死につかまっていて、四人で笑いながらいつも家まで帰ってたな。
「あー、そうや。洸のサプライズの相談、しとこうと思ってな?」
「はい、近くの居酒屋にでも行きますか?」
「ん~、ちょっと聞かれたくない話でもあるから、新の家でええ?」
「……家、ですか?」
正直ビックリした。元宮さんの口からそんな言葉が出るなんて。俺が好きやった頃も家に来た事はなかったし、空と付き合い出してからも、元宮さんは絶対俺と二人きりにはならんようにと、何よりも空を大切にして来た人やから。
「……空は知ってますか?」
「もちろん! でも、家族やのに、あかん事やないやろ?」
「まぁ……確かに」
「あ、もしかして、新側に迷惑かけてしまうかな?」
元宮さんがハッと気づいたように、心配そうな顔をする。この人、いつもそうやったな。言ってしまった後に、自分に非がなかったかきちんと確認する。きっと、奥さんに逃げられてからついてしまった、悲しいクセみたいなもんなんかな。
「いえ、僕は全然。そうですね、家の方が近いですし、そうしましょうか?」
「ごめんな、ありがとう」
そう言って笑った元宮さんを見て、会社的な地位が上がってもこの人は相変わらずこの人のまんまで、恋をしていた頃の自分を少し思い出した。
◇
「元宮さん、お茶どうぞ」
「ありがとう、新もゆっくりして」
「じゃあ僕も同じのいただきます」
自分のお茶を目の前に置いて、リビングのテーブルで二人向き合う。ゆっくりズズズとお茶を啜っていると、まるで長年連れ添った老夫婦みたいやな、と可笑しさが込み上げてくる。
もし、あの時。元宮さんが、空じゃなく俺を選んでいたら──。
こんな感じに穏やかに、二人で歳を重ねて行ってたんやろうか。
そしたら洸くんは……洸くんは俺の呪縛になんか囚われずに、他の誰かと普通の恋をしていけたんやろうか。それとも、そんな事もろともせず、今みたいに必死に、俺の事求めてくれたんやろうか。
「……どうしたん?」
「いえ、」
「大丈夫?」
元宮さんが立ち上がって、テーブルにあったティッシュ箱から一枚取って、俺に差し出してくれた。
あ……俺、泣いてんのか。
頬を伝う温かいものがじんわりと唇に届き、特有の味が口の中に広がる。
そうや、涙ってこんな味やったな。俺、多分、元宮さんの家を出てから一度も泣いた事無かったわ。
「……元宮さん、ごめんなさい」
「え?」
「……俺、洸くんが好きです……」
本人に伝える前に、思わず溢れ出た本音。
洸くんとはちゃんと男として向き合うと決めた。でも、この人を目の前にすると──元宮さんがこれまで命がけで守ってきた大切な息子さんを、俺がいるせいで、普通の道から逸れさせてしまったという罪悪感がどうしても溢れ出てしまう。
「……なんで謝るん? 俺は嬉しいで?」
「……っ」
「俺の大切な人が、俺の大切な人を選んでくれた。……なんか、カッコつけたセリフ言おうと思ったけど、ややこしなったな?」
元宮さんがいつもの調子で優しく笑っている。俺もそれにつられて、思わず涙目で吹き出してしまった。そんな俺の様子を見て、元宮さんは少し真面目な顔に戻り、真っ直ぐに俺の目を見つめた。
「……新は洸を守ってくれた人やから。新がおらんかったら、俺たち家族の今の幸せはありえへんかった。……ほんまにありがとう」
そう言って、深々と俺に頭を下げてくれた。
──そうか。俺は、この家族にとって、不必要な人間じゃ無かってんな。
一度引いた涙が、またボロボロと溢れ出す。あかんな、歳をとるとどんどん涙もろくなってしまう。
「あ、いや、ごめん! 新、泣かんといて! 今日は新の事こんなに泣かせに来た訳やないねん。ほら、はよ、涙拭いて」
なんてちょっとあたふたしながら、取りすぎたティッシュを何重にも重ねて渡してくる。
ほんま、この人は優しいけど、いつまでもカッコつかへん可愛らしい人や。
「……僕も、こんなはずじゃなかったんですけどね」
笑って言うと、元宮さんは少し顔を近づけてきた。
「……ほんまはな、空に頼まれてん。洸と新が怪しいから、それとなく探って来てって……なんか、空的には恥ずかしいらしいわ」
と、周りに誰もいないのに、コソコソと耳打ちしてくる元宮さんに日常に連れ戻された。
「……恥ずかしい、ですか?」
やっぱり、ええ歳した同い年の家族やと思ってた奴が、歳下に翻弄されてその気になってんのを見るのは痛々しいって事なんかな。
「……二人見てると、高校生の時思い出すんやって。キュンキュンするらしいわ」
「……それは確かに恥ずかしい、ですね」
少し照れて、顔が赤くなる。ほんまに全員ええ歳したおっさんでなんて話してんねん。しかも昔好きやった人相手に恋の話なんて。
「あ……二人が付き合ってるなら、引越し祝いの新先生登場サプライズはサプライズにはならんかな?」
「いえ、まだ洸くんには僕の気持ち伝えてなくて。洸くんからもお付き合いの話は出ていないので、まだ家族の延長線上というか……」
元宮さんには、ほんまの事は詳しく言えへん。
俺らが会えばどれだけ甘酸っぱいやり取りをして、お互いデレデレし合ってるかなんて、恥ずかしすぎて死んでも知られたくはない。
「そうか……じゃあサプライズは続行やな。とりあえず今日はメニューここで決めて、買い出しは前日にこっちでしとく事にしよか?」
「……そうですね。ありがとうございます。きっと洸くん喜びます」
あの頃のように、二人で笑い合ってこれからの話をする。
良かった。好きになったのが、元宮さんで。
彼に恋焦がれて苦しかった日々も、全ては、今の洸くんへの愛おしい想いへと繋がっていくための大切なものやったんやな。
コメント
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おかえりなさい、新先生!!!😭💕 元宮さんとの再会シーン、二人が一瞬で昔の距離感を取り戻す感じがもう温かくて泣けたよ…。それに新先生が涙こらえきれずに「洸くんが好きです」って告白しちゃうとこ、切なくて胸がぎゅってなった。元宮さんの「俺の大切な人が、俺の大切な人を選んでくれた」って言葉、優しすぎて涙腺崩壊した…。過去の恋も今の想いも、全部つながってるんだね。次が待ち遠しすぎる!!🌸