二人は少し開けた場所に行き着いた。
リクが息を整えていると、アイビーがバッグをまさぐりながら言った。
「ほら、ここにまだ残ってるよ」
バッグの中から取り出したのは、少し乾いたサンドイッチと小さなボトルの水だった。
「疲れた時はこれでエネルギー補給しないとね」
リクはありがたくそれを受け取り、一口かじった。
「うん、こういう時に食べると格別だ」
アイビーも少し恥ずかしそうに笑いながら、二人は静かな休息の時間を共有した。
そういえば、なんで最初に俺とぶつかった時、あんなに驚かなかったの?」
アイビーは少し考え込んでから答えた。
「うーん、正直に言うと…ここに来てからいろんな変なことが起きすぎてて、もう驚くことに慣れちゃったんだよね。リクにぶつかった時も、『またか』って感じで。」
少し笑いながら、
「それに、怖がってパニックになるより、まずは動いた方がいいって思ってるから。」
リクはその言葉に少し安心したように頷いた。
リクは辺りを見回し、柔らかな苔が敷き詰められた場所を指差した。
「ここは安全そうだし、少し睡眠を取っても大丈夫そうだな」
アイビーも周囲を警戒しながら頷いた。
「うん、短い休息は必要だよね。でも油断は禁物だよ」
二人は少し距離を取ってそれぞれの場所に腰を下ろし、目を閉じた。
だが、深い夢の迷宮では、眠りはいつも予測できない現実への扉だった――
リクがゆっくりと目を開けると、隣にいるはずのアイビーの姿がなかった。
周囲を見渡すが、苔むした床と捻れた木々だけが静かに揺れている。
「アイビー……?」
声は震え、呼びかけに応えるものはいない。
急に胸の奥がざわつき、不安が波のように押し寄せた。
「どこに行ったんだ……まさか、夢の中で……」
リクは立ち上がり、足元の小さな光る球体を手に取った。
そこに映る断片は、アイビーの姿ではなく、何か別の影のようだった――
少し進むとまたさっきと似たようなお化け(?)がでてきた。
「うわっ!でたぁ!?!?お化けッ!!!!!いや、お化けというよりこれはアレだな、クリーチャーというやつか。」
クリーチャーは静かな声で言った。
「この迷宮を渡る者よ、我が出す問題を解かなければ進むことは許されぬ」
リクは静かに頷き、心の中で自分に言い聞かせた。
「ここで諦めるわけにはいかない。アイビーを救うために」
クリーチャーは最初の問題を提示する。
「この構造式の中で、特定の元素の結合順序を正しく解読し、次の反応過程を答えよ」
リクは目を凝らし、図の細部まで見渡す。
「…これは…世界一長い、複雑な有機分子の構造式だ。しかも、部分的に歪んでいる。簡単には解けそうにない」
だが、彼の頭の中は冷静だった。
「まずは、元素記号を分類して…各結合の角度を計算し…」
彼はノートにメモを取りながら、構造の規則性を見つけ出していく。
クリーチャーは静かに見守っている。
「時間がない。次の反応過程は…」
リクは息を整え、解答を口にした。
「この分子は長鎖アルカンと複数の官能基が混在しているが、特に注目すべきは末端のヒドロキシ基(–OH)が近接した二つの炭素に対して水素結合を形成している点だ。
よって、次の反応過程は以下の通りだと推測する。
1. カルボニル基付近の酸化還元反応が起こり、隣接するアルコール基がアルデヒドへと変化する。
2. これにより分子内で環状ヘミアセタールが形成され、分子構造に大きな立体的変化をもたらす。
3. その後、立体障害により特定の結合部位で立体選択的な付加反応が促進される。
したがって、次に予測される反応は『分子内環化反応によるヘミアセタール形成と立体選択的付加』であり、この過程が分子の機能的変換を引き起こす。」
「…ふむ、君の答えは的確で、深い化学知識と冷静な分析力が感じられる。
これほどの回答を聞いたのは久しい…まさに試験官としての誇りを揺るがす答えだ」
「…にしても、あのクリーチャーは変だったな。攻撃なんて一切してこなかった。まるで知識を試すためだけにここにいるみたいだ。」
リクがクリーチャーに解答を告げて、扉がゆっくりと開く。
冷たい空気が流れ込み、向こう側の闇が少しずつ晴れていくようだ。
しかし、ふと後ろを振り返ると、そこにアイビーの姿はなかった。
「アイビー?どこだ…?」
リクは焦りを感じながら、周囲を見渡す。
不規則な影が揺れ、静かな空間に何かが潜んでいる気配がする。
「まさか…また罠か?!」
不安を胸に、リクはアイビーを探しながら先へ進む決意を固める。
リクが先に進むと、突然視界の片隅に動く影が見えた。
近づいてみると、アイビーが巨大でねじれた、リクが捕まったツタよりも遥かに頑丈なツタに絡め取られていた。
「アイビー!大丈夫か?」
アイビーは息を切らしながらも、リクを見ると微かに笑みを浮かべた。
「リク…助けて…これ、すごく強いツタで簡単には切れないわ…」
「俺たち二人で力を合わせれば、きっと抜け出せるはずだ!」
リクは周囲を見回し、落ちている石と細い木の枝を拾う。
「このツタ、めっちゃ水分多いから、切るってよりは傷つけて徐々に弱らせるしかないな」
木の枝を槍みたいにして、石で枝の先を削り尖らせ、ツタの隙間や根元を突き刺していく。
ツタの動きが鈍くなった隙に、リクは力任せに落ちていたアイビーの鉄パイプで叩き割る。
リクは石と枝でツタに攻撃を試みるが、非力なため大きなダメージは与えられず、ツタはまだびくともしない。
「くそ…力が足りない…」と焦るリク。
そこへアイビーが声をかける。
「リク、無理に力だけで攻撃しなくていいの。ツタは水分が多いから、押し潰すより切り裂くか、動きを封じることが大事よ」
リクは攻撃が効かない理由を考え、ツタ植物の構造を思い浮かべる。
「水分が多いのは知ってるけど…循環させてる場所があるはずだ」
リクは観察を続け、ツタの動きを見ているうちに、節目の部分に脈打つようなポンプの存在を見つける。
「ここが心臓みたいなとこだ!」
アイビーがその部分を鉄パイプで抑え込み、リクが石で鋭く尖らせた枝を狙いすまして突き刺す。
ポンプが傷つけられた途端、ツタの動きが鈍り、みるみる弱っていく。
「よし、今だ!」
リクとアイビーは力を合わせて最後の一撃を加え、ツタを撃退。
ツタの“心臓”を突き刺して弱らせるも、突然、体液が飛び散り、アイビーの気管支に入ってしまう。
「むっ、むせる…息ができない!」とアイビーが苦しみだす。
ツタの“心臓”を突き刺して体液が飛び散った瞬間、アイビーはむせて咳き込み、やがて意識を失う。
リクは驚きと焦りで凍りつき、必死に呼びかける。
「アイビー!しっかりしてくれ!」
アイビーは体液を吐き出すが、なかなか意識が戻らず、応急処置をできる限りした。
「大丈夫だ、絶対に助けるから!」
周囲の空気が重く、リクの心臓の鼓動が響く中、アイビーの胸がわずかに動き始める。
やがて、アイビーはゆっくりと目を開け、リクの顔を見る。
アイビーの意識が戻り、二人の距離が自然と近づく。
リクは顔が赤くなり、動揺しながらもふと唇が触れてしまう。
「あっ……ごめん、そんなつもりじゃ……」と照れくさそうに目を逸らす。
アイビーは微笑みながらも、リクの初々しさに優しく触れるように手を握る。
「大丈夫。私もリクのこと信じてるから」
その一瞬が二人の心を繋ぎ、これからの旅の絆を強くする。
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